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<入隊に際しての一考察>アドラー心理学からみるBTSキムソクジンの魅力

本日入隊を迎える韓国のアイドルグループBTS(防弾少年団;방탄소년단)の長男、キムソクジン(김석진)。つい先日30歳を迎えた彼は、グループの世界的成功から延期となっていた兵役へと行くこととなった。BTSに、そしてキムソクジンに筆者がハマってからというもの毎日が幸せな日々であったが、今日という日はどうしても寂しさに押し流されそうになるため、気分転換も兼ねてジンの魅力について改めて記しておこうと思う。その際のアプローチとして、以前話題となったビジネス本『嫌われる勇気』で説かれているアドラー心理学と関連づけて考えてみたい。

キムソクジン:1992年12月4日生まれ。グループ内ではサブボーカル、ビジュアル担当。シルバーボイスと呼ばれる伸びのある高音が特徴的だが、2022年10月に出したColdplayクリスとの共作「The Astrounaut」では艶やかな低音を披露しており非常に広い音域を持つ。持ち前のギャグセンスからバラエティでも大活躍で、大体Run BTS(BTSのバラエティ番組)のハイライトを一人で7割程度担っている。趣味は料理、ゲーム、釣り、テニス。

アドラー心理学について


オーストリアの精神分析医であったアルフレッド・アドラー(Alfred Adler)の心理学は岸見一郎氏古賀史健の共著『嫌われる勇気』(2013年、ダイアモンド社)、『幸せになる勇気』(2016年、ダイアモンド社)によって広く日本社会に広まった。同書ではアドラーの説いた個人心理学が青年と哲人の対話形式によってわかりやすく理解することができる。

アドラーは目的論的に人生を捉え、「いま、ここ」こそを真剣に生きることから目を背けないというライフスタイルを説く。その考えに筆者のみならず多くの読者が大きく衝撃を受けたことであろう。
アドラーの教えに感銘を受けると同時に、同書を読み進める中で筆者は本の中の記述に、ある一人の人物が度々該当することに気がついた。
他でもなく、キムソクジンである彼の口からアドラーをはじめとする精神分析や哲学の話はこれまで出ていないので(BTSとユングの関係はまた別の文脈だろう)、キムソクジンはアドラーの教えを地で行く存在なのではないか?彼の魅力はアドラー心理学の論理から説明することが可能なのでは?と思ったことを出発点に、考えてみたい。
また、アドラーの教えを実践するにはどうすれば良いのか?というアドラー心理学に関心を持っている方にも、ぜひキムソクジンのライフスタイルを一つのモデルとして参考されることを以下の観点から是非オススメしたい。

1. 課題の分離

高いパフォーマンス力が世界的に評価されているBTSであるが、それが練習生期間から現在に至るまでの厳しい練習に裏付けられることは疑いない。激しい振り付けを完璧に踊るダンススキルと高度なボーカル技術の特訓に明け暮れた彼らの努力の姿勢は多くの人々の心を打つ。メンバー1人1人が突出した才能を持つグループだが、中でもジンはそのビジュアルを買われて加入している。そのような経緯から、ジンはグループ内で特にダンスの面で他のメンバーとの能力面の差異を感じることが多かったようだ。(現在でも「自分はこれまでダンスをしたことはない」「僕はまだ歌をマスターできていません」と述べるなど厳しい自己評価が窺える)
覚える過程やダンスそのもののクオリティに劣等感を抱いているのかもしれないが、しかし最終的にジンは振り付け通りの完璧なダンスを披露する。

ジンの強さは出来ないことを出来ないと認められること、そして「ではどうすればよいか」と考えひたすら練習に打ち込めるところであろう。この、まず「自分が変わる」、そして「できることを粛々と行う」態度は、アドラー心理学における「課題の分離」につながる。アドラー心理学では、徹底して対人関係を問うが、その入り口となるべき点こそ「課題の分離」である。すなわち、「これは誰の課題なのか?その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」という視点から、「自分の課題」と「他者の課題」を分離することだ。その上で、自分の課題の中でも、「変えられるもの」と「変えられないもの」を見極める。
この点について以下のインタビューを参考に考えたい。

Q. 演技というバックグラウンドをお持ちですが、練習生時代にゼロから歌と踊りを勉強したというのは本当ですか? そのときの体験について聞かせてください。
JIN: それは事実ですし、いまも変わっていません。他のメンバーがもっと自然にできるかもしれないことが、僕にとってはかなり難しいのも事実です。いろんなところに弱点があるんです。たとえば、他のメンバーは1日で振り付けを覚えて、すぐに音楽に合わせて踊ることができます。でも、僕にはそれができません。だからメンバーの足を引っ張ったり、チームの負担になったりしないように、一生懸命努力します。1時間早くダンスのレッスンに来たり、レッスン後も1時間くらい残って練習したりしますね。講師の方にもう一度振り付けを教えてくださいとお願いするんです。

ローリング・ストーン・インタビュー(2021/06/21)

ここにおいて自分(ジン)の課題の中で、「変えられないもの」はダンスやボーカルの経験がないこと、一方で「変えられること」は知識や経験を補う練習=努力である。
理想の中に、そして可能性の中に生きずひたすら自己と向き合いながら、一歩一歩進んで行く。最年長でありながら個別レッスンをお願いしたり、粛々と自主練習を続ける態度は、哲人の「自分を変えることができるのは自分しかいない」という言葉に集約されるだろう。

2. 自己受容

ジンといえば「the third one from the left」「Car door guy」「国連総会男」「窓拭き担当」等々、公の場に姿を現すたびに、その突出したビジュアルが人々の目を引き、彼の顔に感心するあだ名が生まれる。彼自身、このビジュアルに対しては自負を抱いており、「WWH」、ワールド・ワイド・ハンサムというあだ名を自ら生み出し、その顔面の良さを惜しげもなく披露することも定番の自己紹介となっている。しかし、この自己のビジュアルに対する自負は他者との比較の中ではなく、あくまで自分と向き合う中で生成されている点に着目したい。

最近公開されたコンテンツ内の会話(취중진담Ep.1)が象徴的だ。何気ない会話の中で、友人の料理研究家ペク・ジョンウォンがかっこいいねとそのビジュアルを褒めたのに対し、「僕よりもかっこいい人がいるんじゃないでしょうか。僕は僕自身に満足しているだけで、僕より素晴らしい人が溢れているとは思っています。」と述べている。

アドラーは等身大の自分をありのままに受け入れる自己受容とことさらポジティブな態度で自己にある意味暗示をかける自己肯定を区別する。前者はできない自分も含めた現状を認識することであり、変えられない物事を受け入れるその姿勢から「肯定的なあきらめ」とも言い換えることもできる。哲人によれば、「なにが与えられているか」については変えることはできない、しかし「与えられたものをどう使うか」については自分の力によって変えていくことができるという。すなわち、「使用の心理学」だと。
デビュー当初はシャイで目立とうとしなかったジンだが、徐々に自らのビジュアルという与えられたものに対し、その使い方を変えていくことになる。その良さを全面に押し出すことは、あくまで元々与えられたものをどのように使うかという態度に終始するのだ。
また、GQインタビューでも自らのファッションリーダーを問われた際、以下の回答を示す。

ファッションリーダー(動画内では「スタイルヒーロー」と言われている)は自分。他の人は気にせず、自分がどうしたいかが重要。他者ではなく、ほかでもない自分自身がハッピーになれる服を着ることが正解だ。

GQインタビュー(2020年9月18日)

一見すると、ナルシシズムの文脈で捉えられてしまいそうな言葉だが、彼のデビュー当時からの軌跡を辿るとそれは誤解だということがわかる。これは誰かになりたい、自分とは違う「誰か」「何者か」を目指す、という理想主義に生きるのではなく、むしろありのままの自分を受け入れて、その自分がどのようにしたら満たされるのかということを考える彼の、とことん現実主義的な一面が垣間見える言葉だろう。

3. 他者貢献

アドラー心理学では、他者貢献=貢献感を持つことが幸せの鍵とされる。われわれは自分の存在や行動が共同体にとって有益だと思えた時にだけ、自らの価値を実感することができるというのだ。ここでの他者貢献とは、自己を捨てて誰かに尽くす自己犠牲的な態度ではなく、むしろ自己の価値を実感するため、自らの存在価値を受け入れるためにこそなされるものである。
(自己受容と他者貢献の議論については「共同体感覚」という概念がポイントになるが都合上省く)

この他者貢献の考え方は、ジンのユーモアの使い方にも通ずる。ジンは、自身のユーモア・センスについて、「相手を笑わせることで、自分が笑えるようにすること」と話す。

「周りを笑わせると自分が幸せになるから、自分のためにみんなを笑わせているんだ」
「僕を幸せにする為に、率直に言うと相手を利用する。相手を笑わせて、僕を笑わせるんだ。」(Bon Voyage Season 2 Ep.2)
「笑う時、一人だけ笑うことってほとんどありませんよね。一緒に笑うわけで。僕もそんな相互作用を期待したんです。」

Weverse Magazine

彼はいつどこでも自らが働きかけて良い雰囲気を誘おうとする態度をもつ。他者が自分になにをしてくれるかではなく、常に自分が他者になにをできるかを考え、実践していくこと。それは、続編『幸せになる勇気』で語られる「与えよ、さらば与えられん」という言葉にも通ずるものだ。バラエティでの笑い、パフォーマンスによる感動、何よりシビアな上下関係を嫌い、メンバー内での明るい雰囲気を作り上げる彼は常に率先して「与える側」に立ち続けている。そこにいる全員をハッピーにすることで、その空間においてジンも幸せを感じるという考えはアドラーの他者貢献に他ならない。

この他者貢献には、彼の「ファンの愛し方」からも見てとれる。デビュー当初、グループ内初の個人のオリジナル・コンテンツ「EAT JIN」から始まり、カバー曲のプレゼント、パジャマ制作、ライブでのハートイベントやりんごヘアなど枚挙にいとまがないが、その最たるものとして昨年のバースデーソング「SUPER TUNA」が挙げられよう。
また、今回の兵役に際しても、本業である音楽活動としてColdplayへの楽曲提供依頼を行い、ソロ曲「The Astronaut」を製作発表・アルゼンチンでのライブを行なってくれた。それのみならず、ファンが寂しがらないよう新たなオリジナル・キャラクター(Voyage Meets Messenger)であるWootteoというキャラクターまで企画・デザインしており、その徹底ぶりとアイディアの豊かさには驚かされるばかりだ。
「ARMYに喜んでもらえたからよかった」と話すジンだが、ファンへの献身を通して彼自身の幸せをもしっかり感じられていると信じたい。

ウットのグッズをARMYへプレゼントする企画にて体を張るJIN
イ・ヨンジのYouTubeバラエティー『つまらないものですが』出演、コンテンツ「酔中JIN談」など入隊前には怒涛のコンテンツ供給が行われた

4. いま、ここを楽しむ

『嫌われる勇気』終盤では、「キーネーシス的(動的)生き方」「エネルゲイア的(現実活動的)生き方」との違いが説かれる。先にキーネーシス的生き方について簡単に説明すると、「目的地にたどり着くまでの道のりは、目的に到達していないという意味において不完全である。」とみなす考え方だ。すなわち、遠い将来に目標を設定して、現在を準備期間、我慢の時間だと捉え、「ほんとうはこれがしたいけど、やるべきときがきたらやろう」と先延ばしにする生き方である。

一方で、エネルゲイア的生き方では、「いま、ここ」にのみフォーカスする。ここでは、「いま、この瞬間」という刹那が連続してゆく営みであり、そこには過去も未来も存在しない。過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」には何ら関係がなく、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考えるべき問題ではないというのだ。人生に大仰な物語など必要なく、必要なのはいまできることを真剣且つ丁寧にやっていくことのみ。

キムソクジンの生き方にはこの哲学が当てはまる。彼もデビュー前は「デビューをする」、デビュー後には音楽番組やチャートで「一位をとる」など目標を据えた「キーネーシス的(動的)生き方」であったと語る。しかし、次第にグループの活動が安定し且つ前人未到の域に達するようになると、「いま、ここ」を充実させることに注力を置くようになる。
『嫌われる勇気』の中で、哲人は「ダンスするように生きよ」と説くが、キムソクジンはそれを「気が向くままに生きる」という極めてシンプルかつ柔らかな言葉で言い換えている。

Q.気がむくままに生きるとは、どういうことでしょうか。
JIN:
僕は、言葉通り、現在にのみ生きる人で、過去は全部忘れました将来についてプレッシャーはありません。重要な瞬間、ともに過ごした瞬間、そういうのはもちろん忘れられませんが、過去にあった嫌なこと、自分がたいへんだったこと、そういうことはすべて忘れて、現在にすごく満足しながら生きていて、現在の仕事を一生懸命やっていますし。どんなに良かったことでも、それだけで何度も幸せになれませんよね?過去に自分が百万ウォン稼いだことより、今一万ウォンを得ることが、もっと幸せだったりすることもありますから。だから過去と未来は考えないで、現在の自分の感情に忠実に生きているんじゃないかなと思います。

BE インタビューより

BTSというグループが成し遂げた偉業は社会現象としてメディアや専門家たちが取り扱う中、彼はただ前を向く。彼はまた若者たちへの啓発メッセージとして、「ある一瞬の幸福や不幸が人生全体を左右しないように」(2020年9月19日「青年の日」の第一回記念式典にて)と述べる。
過去の栄光に驕らず、辛い過去に捉われず、未来へ不安も期待も抱かない。彼の関心の中心にあるのは、「いま、この瞬間」の幸せのみである。

また、今年6月の新アルバム「Proof」発表時のインタビューでは、「まだ最高の瞬間は訪れていない」というメッセージが込められているとも言える新曲「Yet To Come」に対し、

JIN:僕は最高の瞬間は毎回訪れていたと思います。今のこの瞬間を越えるものがあるでしょうか。あり得ませんね(笑)。

Proof発表インタビューより

とまで答えている。ここまで気持ちよく言い切ってしまうそのしなやかな強さ、そしてブレずにシンプルであり続ける彼の言葉にその信念を見出す。

おわりに

ここには書ききれなかったが、他にもデビュー期の共同生活の中で培われた料理スキルが今ではコンテンツとなったり、番組内で偶然テニスをやる企画でも積極的に働きかけて取り組むことで今では趣味の一つとなっていることなど、彼の生き方にはアドラーの教えを実践するヒントが数多くある。
彼の「いま、ここ」を全力で楽しむことで幸せを獲得していく姿勢には学ぶべき点が多いだろう。また、ここで紹介した点もジンの魅力の一部分に過ぎない点もご承知おき願いたい。
反対にアドラーの心理学についても、ここでは共同体感覚や続編『幸せになる勇気』の方の話はほとんど触れることができていないため、もし関心を持たれた方は関連書籍を参照されたい。

何より、一ジンペンとして、「今」に重きを置くジンくんが、健康に仲間と楽しく、暖かくして(重要)、兵役期間を過ごせることを祈っている。


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