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箴言集

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私の、偉そうな糞の掃き溜めです...。。。
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嘘っぱちの死にたさと、本当の死にたさの違いについて(あるいはそれが引き起こす行動力について)

僕には、世の中には嘘っぱちの死にたさと、本当の死にたさが存在すると思っている。

鬱病の人間は本当に死にたいと思って脅迫観念的な「自殺願望」を覚える。いわば解放である。

病気でない人間も死にたいと思うことは少なからず在ると思う。「ああ、今死にたいなあ」「疲れたなあ、なんか死にたいなあ」と。そういうのは僕は誰しもに在ると思う。

僕が鬱病が病気であることを確信したのは、意図しないうちに鬱の波、冷た

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人間という名の、運命の残酷さ(または価値観の変容、盲目であることについて。)

人は何故何度も泥濘から立ち上がろうとするのか?何故泥濘から必死で這い上がろうと試みるのか?

皆は、人生を、世界をこう言う、泥沼だ、残酷だ、不条理だ、おかしい、狂っている。。。

だが、そう思うなら何故命を絶たないのか?何故こうまでも頭脳が発達した人間が1番論理的な「死」を選ばないのか。

死はごく単純明快である。全ての悩みに終止符をうつ。何故ならばそこで人生は終わるからである。もうそこに自分とい

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我が子を守る猫

皆さんは、いやはや、貴殿等は、大雨から、我が子を必死で守る猫を見たことがあるであろうか?

その必死さを感動として受け取めることができるであろうか?

私も少なくともその一人ではあったのだが...。。。

何故、なんの毒もない無垢な動物の親が子を守る姿を美しいと思い、我々人間が子を育む姿には、さして感動しえないのであろうか???

我々には、綺麗事しか見えない目でも備わっているのか?我々の猫を見る

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---悪とは行き過ぎた善の異名である。
それは歴史を見れば、火を見るより明らかであろう。ヒトラーはユダヤ人を劣っているというだけで殺し、理想の世界を築くためにやむなくそうした。ポル・ポトはまた、マルクス主義の理想に狂い、労働者を農民へと返し、反逆者は殺した。
これは全て、本人が善のつもりで行っている。

畢竟、相対的な幸せが存在するだけで、絶対的な幸せなど存在しない。
あるとしたら、それは馬鹿か阿呆か、それかクスリの好きな人間の頭の中にしか存在しない。