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おとうさんにはじめて感謝を伝えた日。
父親にありがとうって言うのは、なんだか照れくさいのです。
私の実家は最寄り駅が遠くて、高校に通うのに毎日車で駅まで送ってもらっていました。
仲が悪いわけではないけれど、車中はいつも無言でした。朝も早かったので寝たふりをしていました。
なんとなく、学校に通うのすら当然のように父親に手伝ってもらっているというのが、恥ずかしかったのだと思います。
親から自立したいのに、ひとりでは生きていけないことが分かっていて、そのジレンマにちょっとイライラしていた時期でした。
車から降りるときにはいつもいつも感謝を伝えなきゃとは思うけど、「いってきます」と言いながら車のドアを叩きつけて、また言えなかったといつも後悔していました。
早朝の雪が降りしきるなか、ぶぅーんと走っていく父の小さな車の後ろ姿が、なんとなく切なかったとか。
大学入試のときにも、父は仕事を休んで車で5時間かけて大学まで一緒に来てくれました。
父は照れ屋なので私の目は見てくれませんでしたが、「いつも通りやれば大丈夫」と背中を押してくれました。
そのとき私は「うん」としか言えませんでした。
父は傘をさして、ずっと手を振ってくれていました。雨の日でした。
一刻も早く自立したいという思いで、大学に入ってからアルバイトを始めました。両親には無理して働かなくていいと言われましたが、「自分の力で生きていく」ということにやたらと憧れを抱いていた私は、生活費の仕送りはいらないと言い張りました。
これまでの人生で、いかに親に頼っていたかも知らずに、偉そうにそんなことを言いました。
父は少し悲しそうにしていました。
1年経った頃、掛け持ちしていたアルバイトのストレスで全身に蕁麻疹ができました。
何度かかかりつけ医に相談しましたが、あまりに酷く治らないので、大学病院に入院し、ストレス源であるアルバイトも辞めた方がいいと言われました。
蕁麻疹が出て1ヶ月経った頃、親にようやく電話すると、どうしてもっと早く言わないのと怒られました。次に、一回帰ってきてこっちで入院しなさいと言われました。
蕁麻疹は顔にも転移してなかなか酷い見た目でした。親が見たら心配されると思ったので帰りませんでした。私は親に心配されることも嫌でした。ひとりで生きていける強い娘だと思われたかったのです。
しかしアルバイトも辞め、これでは生活費どころか入院費も足りません。入院費を見ると、気が遠くなるような額でした。さすがに親に借りようと連絡したら、父からの仕送り用の口座を見ろと言われました。アルバイトの給料で生活していたので、そちらの口座を見るのは久しぶりでした。
口座を確認したら、入学してから1年間毎月末に、一定額の生活費が振り込まれていました。もうすでに、入院費なんて屁でもないような額になっていました。
父からLINEもきていました。そういえばあまりに忙しくて、父から届いた愛犬の写真を既読スルーしていました。
「お金はあるから。学生のうちは無理せず好きなことをしなさい。大丈夫だから。」
遠方の大学に通って、学費も家賃もかかっているのに勉強を疎かにして、妙なプライドのためにアルバイトばかりしてそれすらも水の泡にして、なんだか自分が情けなくて。
それ以上に、優しくて温かくてどうしようもなくて、銀行で涙が止まらなくなり、ずるずると鼻をすすり続けていました。
同じ額を毎月振り込んでいるのに、いっこうにお金が引き出されない通帳を見て、父は悲しかっただろうなぁと思いました。
それでも私は「ありがとう」の五文字のLINEすら送れなかったです。
照れくさくて恥ずかしくて意地を張って、感謝を伝えるべきタイミングをずっと逃して、もう21歳。
6月21日の父の日。
その日もまた、父からいつものように、愛犬の写真が送られてきました。
「かわいいね」と私もいつも通りの返信をしました。
日常の感謝すら伝えられない私が、改まって父の日に「ありがとう」と送るだなんて不自然だけれど。
私はまだまだ父の子どもで、少し頼らないと生きていけない未熟な人間なようです。
だから、勇気を出して、「Thank you!」のウサギのスタンプと、プレミアムモルツのLINEギフトを送ってみました。「父の日なので✨🍻」とひとことコメントを添えて。アルバイトをしていないので、お父さんのお金だけれど、私からの感謝のプレゼントです。
あとで母に聞いたけど、めったに表情を変えない父が満面の笑顔でスマホを握りしめて、すぐにローソンに向かったらしいです。
喜んでもらえてなによりです。
恥ずかしいけど言いますね。
お父さんへ。
これからもよろしくお願いします。
いつもありがとう。
娘、21歳。
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