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隣の芝生が青いかじゃなくて空が青いかを見よう

隣の芝生は青い。

青、ないしブルーというのは実に多彩なニュアンスをもつ語である。

青く澄んだ瞳
雲ひとつない青空
ブルーに染った湖
透きとおるくらい青い海

のように青が使われる表現には大概ポジティブなニュアンスを含む。「海」や「空」といった身近なものを連想することから、上記のような関連語や表現がみられる。このように、言葉によって定義づけできるのはなかなか難しい語である。

また視覚的にも「やさしい」という感情も付加される。

凪良ゆう『汝、星のごとく』や瀬尾まいこ『夜明けのすべて』でもその書影は青を基調としていることから、ジャケットに惹かれて手に取る人も多いだろう。

ところで、僕はnoteに記事を投稿するのが実に1ヶ月ぶりとなる。今までこんなに間を空けたことがなかった。書く内容は決まっていても、上手く言葉に紡げないことが続いたからである。

それに反比例するかのように、この期間めちゃめちゃ小説を読んでいた。読んだ小説の感想を記事にすれば良かった。小説を読み終えたあと、夢から覚めたみたいに哀しい気持ちになる。本を読んでいる時間が長ければ長いほど、読み終わったときは、本当に哀しくなり、自分が空っぽになってしまったような思いがする。

この気持ちがある以上、読んだ本の感想とはいえ、自分の意思で言葉を紡ぐというのはできなかった。

ここ2週間で読んだ小説といえば、中村航『僕の好きな人が、よく眠れますように』でハッピーな気分になり、町田そのこ『コンビニ兄弟』(3まで一気に読んだ)では終始ほっこりし、小坂流加『余命10年』では涙禁じえなくて、読書で様々な形でメンブレした。この時期は、冒頭にあるような青色な感情ではなかった。

寒い風が肌に刺さる10月の寒空の下で、友人の紹介で小説を読むのが好きだという人と会った。僕の友人がつなげてくれた縁だ。僕にとって「友人からの紹介」というのが嬉しかった。友人に「休みの日は小説を読んでる」と言った時は「ふーん」と、反応は薄かったが、僕が「小説が好き」だと覚えてくれていたこともそうだが、「1人で楽しむよりも好きな者同士で楽しみなよ」という粋な計らいが感じられたからだ。

指定された待ち合わせ場所に無事に合流できた。黒のスキニージーンズに、パリッとアイロンがけされシワひとつない綺麗なワイシャツを着て、顔立ちも整って非常に清楚な20代後半の彼だった。会った瞬間、周りの空気や風が優しく頬を撫でられたのがわかった。大きな交差点にある駅から、ビル街を抜けて細い路地に入った。日の当たらない薄暗い路地で、隙間から僅かな空が見えた。僅かに日が照らされたビル街の地下にある喫茶店に入る。煌々に光るシャンデリアだけだ店内を照らしていただけで、あとはどれも薄い。

簡単な挨拶を済ませ、彼は1冊の本を紹介してくれた。星新一『白い服の男』だ。何回も読み込んでいるのか、表紙がボロボロである。彼は意気揚々とその作品の魅力を語った。なぜ彼はそんなに1つの作品をこんなにも熱弁できるのか。読んだ本の感想でさえロクに書けない僕は少し劣等感を感じた。それでも僕は「へぇー、面白そうですね!」と頑張って会話を繋げた。たぶん僕じゃなくても彼は違う人に同じように熱弁していたに違いない。2人しかいない席で、「読んだ小説を熱弁する男」と「ただ聞いているだけの男」で相容れない空間となった。この世界には「普通の人」と「普通でない」の2種類がいる。今この場にいる僕は果たしてどちらなのだろう。「普通の人」だとしたらその普通はどこからくるのだろうと思案していたとき

「あれどうしました?」

と、僕の微妙な表情の変化に気づいたのか、突然聞いてきた。焦りに焦った僕は

「あ、いや、全然。ただ凄いなと思って」
「何がです?」
「1つの本にすごい熱弁されてるなって。本当に本がお好きなんですね」
「いや、たまたま手に取って読んだ本が面白かっただけですよ」
「でもそれだけ読んだ本の感想を伝えられるって凄いですね」
「私は全然凄くないですよ。たまたま手に取った本の世界に魅せられただけですよ」

"本の世界に魅せられた”か、なんて素敵なことか。本の世界に"入る"ことはあっても"魅せられた”ことなんてなかったから、今の僕にはない感情になった。普通か普通じゃないかで分断できるものではなく、そうではない第3の自分でいることが大事なのだと。自分の感情にストレートに、そしてそれが自分にとって凄く好きなのだという感情を伝えるのが大事なのだ。

2時間ほどおしゃべりした後、また会う約束をしてお店を出た。さっきまでは「あぁ、これが隣の芝生は青いってやつか」だなんて思っていたけど、それは隣にいるその人しか見ていなかったけど、お店を出たあとに見上げた空はものすごく青かった。隣や目の前の人ばかりをみているのではなく、たまには上を向いてみようと思った。

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