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日曜日の夜に考える。30歳になったいま、なにを思うか。

そこにいたのはたった2ヶ月なのに、まるでフィルムが掠れたホームビデオでも見ているかのようであった。古びた幸せがまとわりついたそれは、思い出をなぞった映像のように思えた。

2ヶ月にわたる出張が終わり、ようやく東京へ帰ろうとする駅の券売機の前に立っていた。この地とようやくお別れか。と、感慨に浸る余裕もなく、また次の日はやってくる。

券売機で一番端にある切符を買った。僕の身体を運んでくれるこの長い箱から見えるのは、田園風景から都会のビルへと変わった。2時間にわたる電車に揺られながら東京に戻ってきた。東京に着いた瞬間、AirPodsで聴いていた音楽が突如消えた。電池切れだった。この時はじめて「あぁ、僕はいま孤独じゃないんだ」と思った。それと同時に暑かった夏の終わりを迎えた。ようやく生きている心地がした。名残惜しさもあるが、どちらかといえば、仕事で行った地には2度と戻りたくないとまで思った。それだけ、東京という地に安住の地であることを実感させられる。疲れきった身体を無理やり運び、ようやく自宅に着き、簡単に食事を済ませ、就寝までの数時間、どのように過ごそうか考えた。けどなにも思いつかない。空虚な時間がただ流れているだけで愚の骨頂。

東京に戻ったが、これからどうしよう。これからも平凡な日常へと戻り、またこれといった楽しみがない。年齢を重ねると刺激を求めたくなってしまう。そういうものだろうか。今年、5年交際していた恋人と別れた。大事なものが後から遅れてやってくる。愛情だって、生活だって。ソシャゲは突然サ終(サービス終了)するのに、生身の人間関係はそうそう簡単にサ終できない。だけど別れるときはあっという間なのが不思議だ。人はそれぞれの人生を歩まないといけないけれど、人と人は言葉を交わすことが出来る。それはいつだってそうである。誰かと話したい、誰かの声が聞きたい、そんな夜がある。疲れきった身体を無理やり運び、ようやく自宅に着いた。

人との交流をなくすと人間は愚かになってしまう両刃をもっている。なので、noteで「こんなことありました!」っていう日記やエッセイが書けない。ギリ創作は出来るかもしれないけれど、僕にはそこまでの筆力が伴っていない。

話は変わるが、この出張中に僕は30歳になった。月並みの感想をいうなら20代があっという間だった。20代はいろいろあったなと思い返す。

長年片想いしていた女の子から「結婚しました!」という報告のLINEが突然来たり5年付き合ってた恋人に別れを告げられたり、久々に会った中学の同級生が新興宗教に入信していたり、実家から離れて一人暮らしをしたり、就職もした。失った人間関係もあれば得られたものは多かった。人と関係を作ることは喜びでもあり、絶望でもあることを思い知る。

一時期は人生に対し、自暴自棄に陥りかけたこともあった。ここでオトナたちは「辛かったら逃げていい」とは言うが逃げた先までの人生は保障してくれない無責任な発言だなと思う。なので僕は「逃げたい」と思わないし、「辛かったら逃げてもいいよ」という無責任なことは言わない。この数年は青年とおっさんの狭間の不明瞭さが漂っていた。この人生に何と名前をつけようか。別に世界が変わってほしいわけではないけど、新しい風が吹くことを願う。

30歳になったいま、なにを思うか。(ちなみにチェ・ゲバラは30歳にして革命を成し遂げた)

これからの人生に想いを馳せる。年齢を重ねるにつれ、年齢の重みを感じるし、「また1つ歳をとってしまったなぁ」という嘆きもある。成熟した大人にまだなれていないなぁと思う反面、心のキャパシティはいい具合に育ってきた。もっと、もっと、永久に平和で、最期を迎えたとき、「また生まれ変われるなら自分になりたい」と思える生き方をしようとも思う。

年齢に対する恐怖や不安は年齢を重ねるごとに思うことだけど、未来に対するワクワク感を失ってはいけない。そう思うことで、人生のレールが切り替わる音が聞こえる。

毎日同じ時間に起き、いつものように仕事をこなし、帰ってきてご飯を食べ、自分の趣味の時間を楽しむ。当たり前のようにこういった生活ができている。それだけでも幸せじゃないか。次の休みの日になにしようか考えるだけでも楽しいし、推しのライブ配信やイベントを楽しみに生きるのもよし。「あぁ、この日のために生きてんなぁ」ぐらいがちょうどいい。人間、自由に生きる権利がある。人生は自由であり、希望に満ち溢れている。

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