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牧野信一『地球儀』全文にツッコミを入れてみた。【スピンスピンスピン】

以下本文は、青空文庫からの引用である。



牧野信一『地球儀』は2013年センター試験、国語の第2問で出題された小説だ。突如でてきた「スピンスピン」という地球儀を回す様子が描かれ、当時の受験生は混乱したとしてネットで話題になった。


 祖父の十七年の法要があるから帰れ――という母からの手紙で、私は二タ月ぶりぐらいで小田原の家に帰った。

「お忙しいところと存じますが」と言った方がよい。

「このごろはどうなの?」
 私は父のことを尋ねた。
「だんだん悪くなるばかり……」
 母は押入を片付けながら言った。

「このごろはどうなの?」は回答に困る。返答次第では場が凍りかねない質問である。

続けて、そんな気分を振り棄てるように、
「こっちの家はほんとに狭くてこんな時にはまったく困ってしまう。第一どこに何がしまってあるんだか少しも分らない」などとつぶやいていた。

家が狭いのを「ものが多い」せいにしてはいけない。整理整頓だ。5Sだよ。

「僕の事をおこっていますか?」
「カンカン!」
 母は面倒くさそうに言った。
「ふふん!」
「これからもうお金なんて一文もやるんじゃないッて――私まで大変おこられた」

擬音語を発するオカン

「チェッ!」と私はセセラ笑った。きっとそうくるだろうとは思っていたものの、明らかに言われてみるとドキッとした。

なかなか「チェッ!」を口語で言う人はいない

セセラ笑ってみたところで、私自身も母も、私自身の無能とカラ元気とをかえってみにくく感ずるばかりだ。

人のことをあざ笑ってる場合ではなかった

「もうお父さんの事はあてにならないよ。あの年になってのことだもの……」

一家の大黒柱になんてことを言う…

 これは父の放蕩ほうとうを意味するのだった。
「勝手にするがいいさ」

放蕩息子ならむ放蕩親父

 私はおこったような口調でつぶやくと、いかにも腹には確然としたある自信があるような顔をした。

「いかにも腹には確然としたある自信があるような顔をした。」という強がり

こんなものの言い方やこんな態度は、私がこのごろになって初めて発見した母に対する一種のコケトリイだった。

母は強し

だが、私が用うのはいつもこの手段のほかはなく、そうしてその場限りで何の効もないので、今ではもう母の方で、もう聞ききたよという顔をするのだった。

父というより母の方が要注意人物か?

「もう家もおしまいだ。私は覚悟している」と母は言った。
 私は、母が言うこの種の言葉はすべて母が感情に走って言うのだ、という風にばかりことさらに解釈しようと努めた。
「だけど、まアどうにかなるでしょうね」

まさかの一家離散ですか???

 私は何の意味もなく、ただ自分を慰めるように易々いいと見せかけた。こんな私の楽天的な態度にもすっかり母は愛想を尽かしていた。

ここまで読んでもまだ母はヤバい人でしかない

 母は、ちょっと笑いを浮べたまま黙って、煙草盆たばこぼんを箱から出しては一つ一つ拭ふいていた。

奇妙奇天烈すぎる

 私も、話だけでも、父の事に触れるのは厭になった。
「明日は叔父さんたちも皆な来るでしょう」
「皆な来ると言って寄こした」
 また父の事が口に出そうになった。

そういえば法要でしたね。読んでいる僕はすっかり忘れてたよ。

躑躅つつじがよく咲いてる」と私は言った。

「そりゃ、ありますとも」と私は笑った。母も笑った。
「ただでさえ狭いのにこれ邪魔でしようがない。まさか棄てるわけにもゆかず」

母、失礼すぎる

 母は押入の隅に嵩張かさばっている三尺ほども高さのある地球儀の箱を指差した。――私は、ちょっと胸を突かれた思いがして、かろうじて苦笑いをこらえた。

出ました!!!地球儀!!!タイトル回収です!!!

そうして、
「邪魔らしいですね」とあわてて言った。なぜなら私はこの間その地球儀を思いだして一つの短篇を書きかけたからだった。

どうやらこの地球儀がキーとなるようです。

 それはこんな風にきわめて感傷的に書きだした。――『祖父は泉水の隅の灯籠とうろうに灯を入れてくるとふたたび自分独りの黒く塗った膳の前に胡坐あぐらをかいて独酌どくしゃくを続けた。同じ部屋の丸い窓の下で、虫の穴がところどころにあいている机に向って彼は母からナショナル読本を習っていた。

あぁ、これは…小説の人物が昔書いた小説を挿入するという…ややこしや

「シイゼエボオイ・エンドゼエガアル」と。母は静かに朗読した。竹筒の置ランプが母の横顔を赤く照らした。

あぁ…!?黒魔術ですか???

「スピンアトップ・スピンアトップ・スピンスピンスピン――回れよ独楽こまよ、回れよ回れ」と彼の母は続けた。

地球儀を回す擬音は絶対にそれじゃない

「勉強がすんだらこっちへ来ないか、だいぶ暗くなった」と祖父が言った。
母はランプを祖父の膳の傍に運んだ。彼は縁側へ出て汽車を走らせていた。「純一や、御部屋へ行って地球玉を持ってきてくれないか」と祖父が言った。彼は両手で捧げて持ってきた。

せっかくスピンスピン回してたのに!!!

祖父は膳を片づけさせて地球儀を膝の前に据えた。祖母も母も呼ばれてそれを囲んだ。

地球儀の周りを人が囲う奇妙な光景

彼は母の背中にりかかって肩越しに球をのぞいた。「どうしても俺にはこの世が丸いなどとは思われないが……不思議だなア!」祖父はいつものとおりそんなことを言いながら二三遍グルグルとで回した。

まぁ、たしかに地球は丸くありませんからね

「ええと、どこだったかね、もう分らなくなってしまった、おい、ちょっと探してくれ」

人使いが荒い!!!

 こう言われると、母は得意げな手つきで軽く球を回してすぐに指でおさえた。

地球儀を回しながら持ってくるとは。

「フェーヤー? フェーヤー……チョッ! 幾度聞いてもだめだ、すぐに忘れる」
「ヘーヤーヘブン」と母はたちどころに言った。

なんの呪文ですか???

 それは彼の父(祖父の長男)が行っている処の名前だった。彼は写真以外の父の顔を知らなかった。

どこやねんそこ

「日本は赤いからすぐ解る」
 祖父は両方の人差指で北米の一点と日本の一点とをおさえて、
「どうしても俺には、ほんとうだと思われない」と言った。

何がどう赤いの???

 祖父が地球儀を買ってきてから毎晩のようにこんな団欒だんらんかもされた。

地球儀でなんでそんなに団らんできんねん

地球がまるいということ、米国が日本の反対の側にあること、長男が海を越えた地球上の一点に呼吸していること――それらの意識を幾分でも具体的にするために、それを祖父は買ってきたのだった。

あ、ヘーヤーヘブンってまさかのアメリカですか!?

「どこまでも穴を掘って行ったらしまいにはアメリカへ突き抜けてしまうわけだね」
 こんなことを言って祖父は、皆なを笑わせたり自分もさびしげに笑ったりした。

「ブラジルの人聞こえますかー?」というギャグがあったようななかったような

「純一は少しは英語を覚えたかね」
「覚えたよ」と彼は自慢した。
「大学校を出たらお前もアメリカへ行くのかね」
「行くさ」
「もしお父さんが帰ってきてしまったら?」
「それでも行くよ」

アメリカへのあこがれは昔からそうだったのか。

 そんな気はしなかったが、間が悪かったので彼はそう言った。彼はこの年の春から尋常一年生になるはずだった。
「いよいよ小田原にも電話が引けることになった」

「電話を引く」
時代だな~

 ある晩祖父はこんなことを言って一同を驚かせた。「そうすれば東京の義郎とも話ができるんだ」
「アメリカとは?」彼は聞いた。
「海があってはだめだろうね」

なんの話してるの???

 祖父はまじめな顔で彼の母をかえりみた。
 彼は誰もいない処でよく地球儀をもてあそんだ。グルグルとできるだけ早く回転さすのがおもしろかった。

え、さっき「スピンスピン」回してたやん!!!ここでは「グルグル」かい!!!!!

そして夢中になって、
「早く廻れ早く廻れ、スピンスピンスピン」などと口走ったりした。

「スピンスピン」って口で発しているのが面白すぎる

するといつの間にか彼の心持は「~く帰れ早く帰れ」という風になってくるのだった』

主人公による作品の挿入はここで終わり。どういう話だよ。

 そこまで書いて私は退屈になって止めたのだった。いつか心持に余裕のできた時にお伽噺とぎばなしにでも書きなおそうなどと思っているが、それも今まで忘れていたのだった。

そりゃ書いてて「つまんね~~~」と思うわな

球だけ取りはずして、よく江川の玉乗りの真似などして、
「そんなことをするとばちが当るぞ」などと祖父から叱られたりしたことを思いだした。

あぁ、いけません!!!地球儀の玉だけ外して遊んではいけません!!!

「古い地球儀ですね」
「引越しの時から邪魔だった」
 それからまた父の事がうっかり話題になってしまった。

あんだけ「スピンスピン」と回していた地球儀を…もしかして回し飽きたんですか!?

「私はもうお父さんのことはあきらめたよ。家は私ひとりでやって行くよ」と母は堅く決心したらしくきっぱりと言った。

一家離散の大ピンチ!

私はたあいもなく胸がいっぱいになった。そうして口惜しさのあまり、
「その方がいいとも、帰らなくったっていいや、……帰るな、帰るなだ」と常規を脱した妙な声で口走ったが、ちょうど『お伽噺』の事を思いだしたところだったので、突然テレ臭くなってあわてて母の傍を離れた。

やっぱりどこかで父のことを想っているんだろうなこの主人公

 翌日のひるには、遠い親類の人たちまで皆な集った。
「せめて純一がもう少し家のことを……」
「そういうことなら親父でも何でも遣やりこめるぐらいな気概がなければ……」

たまにしか会わない親戚からこういうこと言われる筋合いなくないか!?

「ほんとにカゲ弁慶べんけいで――そのくせこのごろはお酒を飲むとむちゃなことをしゃべってかえって怒らせてしまうんですよ」
「酒! けしからん。やっぱり系統かしら」

百害あって一利なしですね

 叔父と母とがそんなことを言っているのを私は襖越ふすまごしで従兄妹いとこたちと陽気な話をしていながら耳にした。私のことを話しているので――。

あぁ、いけません!!!盗み聞きですよ!!!

「この間もひどく酔って……外国へ行ってしまうなんて言いだして……」
「純一が! ばかな」
「むろん、あの臆病おくびょうにそんなことができるはずはありませんがね」と母は笑った。

母、やっぱり失礼

「気の小さいところだけは親父と違うんだね」
 客が皆な席に整うと、私は父の代りとして末席に坐らせられた。坐っただけでもう顔が赤くなった気がした。

息子だけは父を想う気持ちが強いようで

「今日はわざわざ御遠路のところをお運びくださいまして……(ええと?)じつは……その誠に恐縮きょうしゅくなことで……そのじつは父が四五日前から止むを得ない自分自身(オッといけねエ)……ええ、止むを得ない自分用で、じつはその関西の方へ出かけまして、今日は帰るはずなのでございますがまだ……それで私が……(チョッ、弱ったな)……どうぞ御ゆるり……」

急に心の声が

 私はこれだけの挨拶をした。括弧かっこの中は胸でのつぶやき言だった。

主人公、チー牛…?

ちゃんと母から教わった挨拶でもっと長く喋らなければならなかったのだが、これだけ言うのに三つも四つもペコペコとお辞儀ばかりしてごまかしてしまった。

まぁ、余計なことをしないのは大事

そしてこの挨拶のしどろもどろを取りなおすつもりで、胸を張ってできるだけもっともらしい顔つきをして端坐たんざした。だが脇の下にはほんとうに汗がにじんでいた。

たまにしか会わない親戚と会うのって緊張するもんね

「これが本家の長男の純一です」
 父方の叔父が、まだ私の知らない新しい親類の人に私を紹介した。そして私の喋り足りないところを叔父が代って述べたてた。

「これが」って紹介の仕方ある!?!?!?!?

 だいぶ酒が廻ってきて、祖父の話が皆なの口に盛んにのぼっていた時、私は隣に坐っている叔父に、
「僕の親父はなぜあんなに長く外国などへ行っていたんでしょうね」と聞いた。今さら尋ねるほどの事もなかったのに――。

主人公としては祖父より気になる父のこと

「やっぱりその……つまりこのお祖父じいさんとだね、いろいろな衝突もあったし……」
――やっぱり――と言った叔父の言葉に私はこだわった。

主人公の名探偵っぷりを発揮する

「何ぼ衝突したと言ったって……」
「今これでお前が外国に行けばちょうど親父の二代目になるわけさ。ハッハッハッ……」
「ハッハッハ……。まさか――」とわたしも叔父に合せて笑ったが、笑いが消えないうちに陰鬱いんうつな気に閉された。

主人公、自己嫌悪なう

 翌日、道具を片付ける時になると母はまた押入の前で地球儀の箱を邪魔にし始めた。

あの「スピンスピン」しまくった地球儀を…

「見るたびにれったくなる」
「そんなことを言ったって、しようがないじゃありませんか」と私は言った。

見るたびに「スピンスピン」したくなっちゃうからですか???

「どうすることもできない」
「たいして邪魔というほどでもない」
「だってこんなもの、こうしておいたって何にもなりはしない、いっそ……」

いや、地球儀は「スピンスピン」するためにある

 母は顔をしかめて小言を言っていた。
 ――今に栄一が玩具にするかもしれない――私はも少しでそう言うところだったが、突然またあの「お伽噺」を思いだすと、自分で自分をくすぐるような思いがして、そのまま言葉を呑みこんでしまった。

あの「スピンスピン」を生み出した主人公の小説、続きが読んでみたいよ

 栄一というのは去年の春生れた私の長男である。

でた、この終わり!!!エモいやつだ!!!


本作は、地球儀を通じて、父と子の関係性が描かれており、父に対して「愛情」と「嫌悪」のはざまで葛藤する主人公が、のちに父となる姿を描いている。それの象徴として登場するのが地球儀である。もちろん、地球儀そのものに意味があるのではなく、父と子との関係性を地球儀に想いを託している。そんな暗喩として地球儀が登場するのである。

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