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最強の調味料が決まりました。ハニーマスタードです。

 ドトールのミラノサンドCが美味い。最旨なんじゃないかと思う。もしも人類最後の日が来たら、私は色々と迷った末にミラノサンドCを食べるかもしれないな。まあそんな日にドトールが営業していたらの話だが。
 ドトールwebサイトのミラノサンドCの説明はこうだ。「鶏の照り焼きに、シャキシャキ食感のマスタード風味の細切りポテトを合わせました。パンチのある味わいのフライドガーリックソースとハニーマスタードソースがアクセント!」
 こんなの美味しい決まってるじゃん、美味しいものだけを詰め込んでるんだから。大富豪でいうとキングと1と2とジョーカーだけで構成された手札みたいなものだ。相手にターンを渡すことなく勝つに決まってる。革命など起こす暇も与えない、権力に物を言わせる強固な圧政である。
 ああ、美味いなあ、ミラノサンドC。ドトールなんてそこまで行く機会はないが、これからは見つけたら積極的に行ってみよう。え? モーニングセットB? そんなものは知らん。ドトールはミラノサンドC一択だ。

 昨日は仕事終わりに友人Sと焼き鳥を食べた。二人とも別に特別好きだと言うわけではないのに、なぜか彼とご飯を食べるときは必ず焼き鳥屋になる。

「おい、いい加減に最強の調味料を決めないか」
 乾杯して早々、彼はサラダを頬張りながらそう言った。
 確かに頃合いだろう。私たちはその話題から目を逸らし続けてきた。だが、毎日口に何かしらを入れている生物として、いつかは決めなければならなかった。ただそれが今であっただけで、なにも驚くようなことではない。
「いいよ。定義はどうする」
「じゃあ、『主に料理中に使うものではなく、食卓で使う調味料』にするか。そこからはまた適宜詰めていこう」
 彼はサラダを頬張りそう言った。
 なるほど、そのくらいは決めておいた方がいいかもしれない。飽くまで今回は、味変や美味しさをさらに付加する意味での調味料であって、所謂「料理のさしすせそ」のようなベースを形作るものは話題にするべきではないと。なかなか良いことを言うじゃないか。
「よし、それでやろう」
「じゃあ俺から。タルタルソース」
 彼はサラダを頬張りそう言った。私の分も残しておいて欲しい。
 というか、そう答えたのは今ずっと食べているそのサラダが「いぶりがっことタルタルのポテトサラダ」だからじゃないのか? ミーハーめ。折角骨太の議論ができると思っていたのに、がっかりだ。
 まあでも、タルタルソースはありだ。あれはまず作るのがめっぽう面倒くさいところが良い。その作業が美味さを引き立てる。そもそも私の家にはマヨネーズが無いため作ることはないが、だからこそ店で出会うと嬉しい。卵を茹でて、殻を剥いて、潰して、マヨネーズと和え、黒胡椒を削り入れる。それでやっと、何かを美味くするための脇役ができる。たかが調味料のためにここまでしないといけないというのは、想像するだけで食欲をそそる。
 また、チキン南蛮やエビフライ等相性の良いものと組み合わせると脅威的な美味さを発揮し、マヨネーズの完全上位互換であることは間違いない。
「タルタルソースもいいよね。なかなか」
「ふうん。なかなかってことは、タルタルを超える調味料を持ってるってことだよな? そんなんあるんか?」
「そりゃあね。」
 なぜ彼はちょっと喧嘩腰なんだろう。もしやポテトサラダを食べているからタルタルソースを挙げたのではなく、タルタルソースが好きだからポテトサラダを頼んだ硬派な人間だったのか。
「なんなんだよ、最強の調味料は」
「それはね、ハニーマスタードだよ」
 ハニーマスタード。それはハチミツと粒マスタードの禁断の出会い。ハチミツの優しいナチュラルな甘味と、香りも刺激も強いマスタードが絡まり、全ての料理を昇華させる最高の調味料である。
 唐揚げやサーモン等、メインを張る肉や魚にもメチャクチャに合う上、野菜のディップソースにしても殊更に良い。もはや死角なし。
 日本が鎖国を続けていたら、辛子にハチミツなど誰が混ぜようものか。日本人の感覚だと辛さに甘さを混ぜるなどありえない。ましてや魚にはちみつをかけて食うなんて言語道断だ。本当に鎖国を開いてくれていてよかった。
 過去の人間たちに感謝してしまうまでに美味い。それがハニーマスタードだ。
 味だけで他の調味料を置いてきぼりにしているのに、食感まで良い。ぷちぷちとしたマスタードに歯は喜び、噛みしめる度鼻に抜けていく刺激がたまらない。ケチャップやマヨネーズ等はきっと「調味料は主張しすぎてはいけない! 食感があるなんてずるいぞ!」と思っているだろうが、ペーストに留まったお前たちが悪い。バカめ、物事は常に進化していくのだ。
「お待たせしました。串5点盛り合わせです。全て塩でどうぞ」
 そう言って、店員がことりと皿をテーブルに置いた。
 うるさい。なに通ぶっているんだこの店員は。塩なんかじゃなくてハニーマスタードをベチャベチャになるまでかけろ。みたこともない部位もあるが絶対に合うはずだ、所詮は鶏の一部なんだから。
 この塩でシンプルに味付けされ素材本来の味を引き立たされた鶏どもめ。そう思った私はえいえいと空いた串で焼き鳥をつついた。するとSに「そういうのは、やめなよ」と言われた。そりゃそうだ。行儀が悪い。

 以上のように、ハニーマスタードへの思い(実際にはもっと長く力説した)をSに伝えると、「わかったわかった、じゃあいいよそれで」と答えた。
 やったぞ、ついに調味料決定戦優勝者がハニーマスタードに決まった。自分のことのように嬉しい。ハニーマスタードと抱き合いたい。
「そんじゃあさ、スイートチリはどうなん? 甘くて辛いけど」
 彼はそう言って、ポテトサラダを食べきった。
 ぐぬぬ。スイートチリソースか、そういうのもあるのか。確かに辛くて甘くて美味い。感じる程度には大きく切られた唐辛子の食感もある。正直あれも最高だ。……ダメだ、ハニーマスタードとスイートチリソースのどちらがより良いかなんて到底決められない。私はいつかこの両者から優勝者を決めなければならないようだ。答えは一生出ないかもしれないが、たとえそうだとしても今後の人生を費やす価値はある。
 私はもっと両者を食べる頻度を上げることに決めた。だから、とりあえず今は、一旦もう一個ポテトサラダ頼んでもいいですか?

こんなところで使うお金があるなら美味しいコーヒーでも飲んでくださいね