もう酢豚にパイナップルを入れるんじゃねえ
振り返ると食べ物の話ばかり書いている気がする。食べることがこの上ない幸せだと思っているから仕方がないけれど、それにしても多い。もっと仕事に関する専門知識を公開して人の役に立つ情報を提供したり、魅力的な旅行記を書いて誰かの旅先を決めるきっかけになるような記事を作りたい。本来noteの使用方法はきっとそういう記事を作るためのものだろう。実用性のある記事を共有することで利用者の知識レベルを全体的に向上させていく等、何かを学ぶという点においてnoteは非常に優れたサイトだと私は捉えている。
だからこそ、私みたいに「あの食べ物が美味しい」だとか、「あの料理ってああいうところが良いよね」とか、そんな仕様もないことを書いていては読んでいる方へ露ほどの貢献も出来ないわけだ。いい加減私もそちらに舵をとる必要がある。つまりはビュー数を稼ぐためにも、コンバージョンを増やすためにも、ビジネス! 旅行! QOL爆上がりグッズ! 一刻も早くそれらを題材にした記事を作成するべきである。
ところで私は酢豚のパイナップルが好きだ。賛否両論あるその果物は本来デザートとして扱われる存在で、こと酢豚では酵母の力で肉を柔らかくするために取り入れられた、まあ他の具材からしたらいわば余所者なのだが、それが美味い。他の具材も美味くするしそれ自身も美味いなんて最高だ。
火と油によってより甘くなったパイナップルは異質さを際立たせていて、確かに初見では到底受け入れられるものではなかった。しかし、二、三度口に入れるたびに「ナシ」から「アリ」に変わっていく様は固定観念が崩れていくようで面白いし、今では人参よりも相応しい具材なのではとも思える。(私があまり人参を好いていないというのもあるが)
あと冷麺のリンゴや生ハムメロンなんかも好きだ。幼少期に「スイカに塩」を受け入れてしまった私にとって、もう塩味と甘味を組み合わせた料理なんてお茶の子さいさいだ。「わざわざ一緒に食べなくても…… 別々に食べたいよ」という意見も、「なんでそんなことするん?」という意見もわかるが、美味しいんだから別に良いじゃん。こちとらスイカに塩だけじゃ飽き足らず、小学生時代は給食と称してあらゆる料理と牛乳を組み合わされ、それらを喜んで胃に入れてきた人間だぞ。そんな給食を経験した日本人全員、食事の組み合わせに関するセンスなど皆無である。だから私たちが一丁前に他所様の料理について口出しする方が無粋というものだ。出された飯を黙って食う。それこそが日本人の美学の一つだと言っても過言ではない。
先日、我がマイタウン大宮駅にある中華料理を食べに行った。
大宮駅東口を出て右に曲がると、すぐに南銀座商店街に入る。そこはキャッチも多く、ホストやキャバクラ、雀荘などが立ち並ぶ、つまりは治安がよろしくない繁華街だ。新宿歌舞伎町をめっちゃ小さくした街といえばイメージできるだろうか。まあそんなところなので夜はかなり人が多い。それゆえ美味い料理店も多く、今回行った中華料理屋も例に違わず南銀座商店街のど真ん中にある店だった。
席に着くとまずレモンサワーとすぐに出る冷菜を頼む。それらをつつきながらメニューを眺めていると、そこには「名物! 鎮江黒酢酢豚」と書かれていた。写真に写るその皿には、大きな皮付き豚バラが二つと、それを囲むように蓮根等の野菜がのっている。なるほど、こういうタイプの酢豚か。肉を楽しむことに特化した酢豚。これは期待できる。そう思った私はすぐに注文した。
10分後、それは私の机に運ばれてきた(タイトルの上に載せた写真参照)。めちゃくちゃ美味しそうだ。私はまず肉にかぶりついた。黒酢の酸味と甘味と、八角のクセが効いたタレをまとわりつかせた豚肉はトロトロかつむっちりしていて、口の中に旨味が広がる。もう最高。適当に探した店だったが、ここは当たりだ。私はレモンサワーを流し込んだ。
そして、付け合わせの蓮根も食べてみた。カラッと素揚げされた蓮根はシャッキリと噛み心地がよく、これも素晴らしい。そのまま他の付け合わせも食べてみよう。そう思った私は半透明の小さな球体があることに気がついた。これは小玉ねぎ、ペコロスというやつか。私はカウンター越しに料理をするシェフを見る。洒落たものを使いやがって。まじめそうなおじさんのくせに、とんだ憎いことをするもんだ。私はペコロスを口に入れた。
……甘い! これはペコロスじゃない、フルーツ的な甘さがある。なんだ、なんか食べたことあるな、これ。私は必死に舌で味を分析する。
わかった、これ、ライチだ。あれ、え? なんでそんなことするん?
正直意味がわからなかった。想定していた味わいと違うことと、予想外の食材が使用されていることによって頭が混乱した。一応飲み込んだが、違和感から全然美味しいと思えない。一旦肉を食べてフラットに戻そう。今判断するのは早計だ。うん、美味い。
私は肉を食べた後、もう一度ライチに挑戦した。先ほどより鋭く果糖の甘さが伝わってくる。しかし覚悟していた分、違和感は無い。ああ、あれ、結構美味いぞ。「酢豚にはパイナップルだ」という固定観念が崩れていく音がした。
そうなってからは早かった。ライチの独特な風味が黒酢とマッチしていて、豚肉の箸休めとしてかなり気に入ってしまった。驚くべき速さで料理はなくなり、気づいた時には会計を済ませていた。
今では「酢豚にはパイナップルが必要か」という論争を見かけると、思わず鼻で笑ってしまう。ふっ、まだ君たちはその段階か。時代はライチだよ?
第三勢力として旗揚げした私としては、そんな論争は無駄であると声を大にして言いたい。酵母とかの話はわからんが、とにかく美味いからパイナップルじゃなくてライチを入れろと。
まあ後からわかったことだが、あれは厳密にいうとライチの仲間である「竜眼」という中国の果物らしい。ライチよりもタネが大きく実は小ぶりなことが特徴で、なかなかあれからお目にかかれる機会はない。
是非ともこれを読んでいる方にも、中華料理屋で竜眼という文字が載っている料理を見かけた時には挑戦してみてほしい。
ふう、結局食べ物の話になってしまった。でも今回は結構マイナーな「竜眼」という果物の実態やその料理法について情報を提供できたし、酢豚に別の果物を入れる選択肢があることを提示できたからよしとしよう。背伸びせずとも、私ごときが提供する情報などその程度がちょうど良い気がする。
こんなところで使うお金があるなら美味しいコーヒーでも飲んでくださいね