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近所に暮らすイラン人の友人が "最後に" 教えてくれた、人生で大切なこと

最近、近所に暮らすイラン人の友人が亡くなった。お互い「外国人」というマイノリティとしてオランダに住む中で、僕にとって心の支えにもなっていた貴重な友人だった。彼女の死をまだ実感できない。だが、この悲しい出来事を経て、生涯大切にしたい「信条」に気づけた。

突然の出来事

 交通事故だった。あの日、突然の事態に、彼女の夫はまず僕の家に子どもを預けに来た。なにが起こったのかは話さず、とにかく「子どもを預かってくれ」とだけ彼は言った。僕はなにも聞かず、ただ緊急事態が起きたことだけは察知して、彼らの子どもを預かった。

 彼女が亡くなったことは翌日知らされた。だが、いまだに、彼女にもう会えないことが信じられない。それでも、残された夫と子どものことは、自分の身に置き換えて考えてしまう。子どもはまだ1歳・・・ これからの彼らの人生を思うと、途方に暮れてしまう。

 しかし、毎日食事はとらなければならないし、やらなければならない手続きもたくさんあったのだろう。彼らの家にはひっきりなしに、家族を支えるイラン人たちが出入りしている様子が窓から見えた。

共通点の多かったイラン人家族

 その友人家族は2軒先に住むご近所さんだが、出会いは別の場所だった。

 僕の妻がマーケットで手づくりの子ども服を販売した時、その友人が服を買ってくれたのがきっかけで、よくよく話してみると、すごく近所に住んでいることが分かったのだ。

 僕らはすぐに意気投合し、その後はホームパーティーに招き合ったり、一緒に近所のペルシャ料理レストランで食事をしたりと、家族ぐるみで付き合うようになった。

 彼らは夫婦ともイラン人で、1歳の子どもが1人。親子ともに僕らと年齢も近く、週に何回か子どもを地元の保育園に預けていたり、僕のように父親が育児を担当する「パパの日」も設けていたりして、共通点がとても多かった。

 さらに、買い物の場所、子どもを遊ばせる公園、子どものお昼寝や外出の時間など、行動パターンまで似ていて、出かける先々で偶然に顔を合わせることも多かった。妻の手づくり子ども服を買ってくれたことを思うと、好みや経済水準なども似ていたのだろう。

 ある異文化理解の本によると、実は日本人とイラン人は、コミュニケーションの仕方が似ているらしい。イラン人ははっきりとモノごとを口にしない傾向が強く、コミュニケーションは複雑なのだとか(ちなみに、この文脈からは日本人と対極にあるのがオランダ人らしい・・・)。こういう文化的な背景も、僕たちが仲良くなった理由の一つかもしれない。

オランダで初めてマイノリティになった

 イラン人夫婦の存在は、オランダでマイノリティとして暮らす僕にとって、大きな心の支えだった。

 僕はヨーロッパに来て、初めて自分がマイノリティになったことを実感した。オランダに住む前はシンガポールにいたのだが、その時は自分がマイノリティだと感じたことは一度もなかった。

 シンガポールでは、人口560万人に対して、日本人は約4万人。数字的にはマイノリティなのだが、同じアジアの国として距離的にも文化的にも近いし、日本の情報も多く流れてくる。さらにシンガポールの人たちは日本のことをよく知っているし、どちらかというと日本人を敬ってくれる傾向があり、マイノリティを意識したことはなかった。

 オランダでも、マイノリティとして別につらい経験をしたわけではない。しかし、旅行から帰ってきて、空港から混み合った電車に乗り、スーツケースを持って通路に立っている時などにふと、「東アジアの端っこの、エキゾチックな観光地の1つから来たマイノリティの自分」を感じてしまうことがある。

 そんな時、近所のイラン人夫婦の存在は大きかった。彼らもオランダという異国の地でたくましく生きていて、子育ての大変な時期を共有している。朝、駐輪場から自転車を出す時や、外にゴミを出しに行く時などに「おはよう」と、声を掛け合うだけで、どんなに安心させられたか分からない。

 妻の交通事故という緊急事態に、夫が真っ先に僕たちのところに子どもを預けに来たことを思うと、もしかしたら僕らも彼らにとって心の支えであったのかもしれない。

自分の「身のまわり」を広げ続ける旅

 オランダでマイノリティを意識したこと、そして友人の突然の死・・・ これらは決して良いことではない。だが、こういう経験を通じて、他人の悲しい思いに共感できることが以前よりも増えたのかな、と思う。

 逆に、自分の身近にこういうことが起きてみないと、人間は決していろんなことを「自分ゴト」としては感じられないのだな、とも。マイノリティになってみて初めて、マイノリティの気持ちが分かるし、友人が交通事故に遭って初めて、その辛さや交通事故の怖さを知る。

 遠い国で起きたテロなど、まだ自分ゴトにはなかなか感じられないことも多いが、例えば、パリのノートルダム大聖堂の火災など、以前は本当に他人ゴトであったことが、地続きの国に住んでいるだけで悲しく感じられるようになった。イラン人の友人を持って、途端にイランへの関心が高まったように、経験を経て、自分にとって「身のまわり」と言える範囲が広がりつつあるのだと思う。

 よくもわるくも、「身のまわり」が広い人は傷つきやすい。いろんなことを身近に感じ、世の中のニュースにいちいち感情移入してしまうわけだから。

 それでも、僕は人生を通じて、「身のまわり」を広げていきたい。世の中の出来事にいちいち涙する、そんな大変な人生を送りたい。できれば、他の人にもそうであってほしいと思う。会ったことのない人、知らない人も、同じ社会に生きている誰かだと捉えることが、成熟した優しい社会をつくると思うから。

 Zahra、ご近所さんでいてくれて、ありがとう。

編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』。
執筆協力:山本直子
フリーランスライター。慶應義塾大学文学部卒業後、シンクタンクで証券アナリストとして勤務。その後、日本、中国、マレーシア、シンガポールで経済記者を経て、2004年よりオランダ在住。現在はオランダの生活・経済情報やヨーロッパのITトレンドを雑誌やネットで紹介するほか、北ブラバント州政府のアドバイザーとして、日本とオランダの企業を結ぶ仲介役を務める。

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