見出し画像

B線TNS日記28 アンドリューさんとおじいちゃん

某月某日 TNSにて

アンドリューさんとの思い出はいろいろあるけれど、今でもよく思い出すのが祖父とアンドリューさんとの掛け合いだ。
アンドリューさんがうちに来ることになって、我が家のお風呂場にシャワーを付けた。アンドリューさんは夜にはお風呂に入らず、朝のジョギングを終えて朝ごはんの前にシャワーを浴びていた。これは私たち家族にとって軽いカルチャーショックであった。
でもそれをいちばん感じていたのは大正生まれの祖父だったかもしれない。「風呂は夜寝る前に家族が順番に入るもの」というきまりというか、当時の日本の家庭の風習からは外れたことだったからだ。でもおじいちゃんは何も言わずにいた。
しかしシャワーから上がったアンドリューさんが風呂場から自室にバスローブ姿で移動することには黙っていなかった。朝食の時間、みんなの揃った食卓で「風呂から上がったら服に着替えてから出てきなさい。」ときっぱりと言った。私たちに緊張が走った。アンドリューさん、何て答えるだろう。アメリカではバスローブで過ごすことは当たり前なのだろうし(映画とかで見た気がするし)、怒ってしまうのではないかな。
「はい、わかりました。」アンドリューさんは普通に答えた。それによって機嫌を損ねた様子も全くない。私たちはホッとして朝ごはんを食べた。翌日からアンドリューさんは風呂場からきちんと着替えた姿で出てくるようになった。
自分の思っていることをきちんと相手に伝えるということ、それを相手の気分や反応まで慮って言わずに飲み込む必要はないのかもしれないと思った。言われた方も言われたことがおかしいと思えば、きちんと反論することができれば問題ないはずなのだ。

おじいちゃんはアンドリューさんが滞在している間にいろいろな日本文化に触れてもらおうと心掛けていた。自分の趣味の骨董品を見せたり、伝統的な郷土料理を作って振る舞ったり。
ある日その集大成として、地元の12年に一度のお祭りにアンドリューさんと私たち姉妹を連れて行ってくれた。当時10歳の私にとってもそのお祭りに行くのは初めてのことだった。
祭りに行くと聞いて、アンドリューさんはうきうきしていた。きっとアメリカの陽気なお祭りや日本の出店が軒を連ねる縁日的なものを想像していたのだと思う。
しかしおじいちゃんが私たちに見せてくれたものは、大名行列や神輿の番所巡りなどの静かで厳かななものだった。「お祭り」というよりは「祭礼」だった。
子供だった私たちは早々に飽きてしまって通り過ぎる大名行列を空虚な目で見送っていた。ふとアンドリューさんを見てみると彼も同じ目をして宙を眺めていた。
祭りが終わり駐車場までの道を歩きながら、アンドリューさんがおじいちゃんを呼び止めて言った。
「おじいちゃん、なんでこのおまつりが12年に一回なのかわかりました。おもしろくないからです。」
おじいちゃんはそれを聞いてキョトンとしていた。私と妹は固まった。やばい、おじいちゃんにこんなこと言うなんて…
するとおじいちゃんはわっはっはと大声で笑い出した。あまりに率直な感想に初めは面食らったものの、後から可笑しさが込み上げてきたのだろう。
私たちも思わず吹き出して大笑いしながら車に乗り込んだ。アンドリューさんも笑っていた。
アンドリューさんがお世辞で「たのしかった」とか言う人でなくて良かったと思った。




よろしければサポートをお願いします!いただいたサポートは今後の記事の取材費としてつかわせていただきます。