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B線TNS日記25 アンドリューさん

某月某日 TNSにて

押し入れを整理していたら、長男が小学生の頃に通っていた英会話教室の教材が出てきた。次男も使えるなと思って箱から取り出した。パラパラとテキストのページを捲ると子ども向けの英語の歌や詩がいろいろ出てくる。眺めながらある人に思いを馳せた。

小4のころ、半年ほどホームステイ体験をした。と言っても私が留学したのではなく、ひとりのアメリカ人男性が我が家にホームステイしていたのだ。

彼の名前はアンドリュー。ボストン大学の学生だった。私たち家族はアンドリューさんと呼んでいた。市の英語補助教員としての滞在中、我が家の1室に住っていたのだ。

アンドリューさんを受け入れるに当たって、父は英和・和英両用辞書を買ってきた。その1冊に頼ってアメリカ人を受け入れたのだからなかなかの度胸だ。アンドリューさんは片言の日本語は話したが、日常会話はこちら側の片言英語にも頼らざるを得なかった。

今から30年以上前、郷里の千葉の片田舎には外国人自体がほとんどいなかったと思う。私も通っていた英会話スクールの先生以外にアメリカ人に会ったことはなかった。

アンドリューさんも東京や大阪などの都市部ではなく、電車も1時間に1本しか通らない町に派遣されて戸惑ったことだろう。彼は生まれも育ちもボストンのシティボーイだったのだから。

アンドリューさんからは、たくさんのことを学んだ。アメリカ人特有のジョークのセンスや自分の意見をはっきりと言うこと、家族を大事にすることなど。三姉妹の年長者だった私にはいろいろ話してくれた。何語で、どうやって意思疎通していたのかは思い出せないけれど。

ある暑い日、アンドリューさんが私と妹たちに言った。「Ice cream shopに行きましょう。」
私は首を傾げた。そんなおしゃれなものこの町には無い。「No ice cream shop here.」と答えると、確かにあると言う。「エキのところです。」
疑問に思いながらも、私たちは駅方面へ歩いた。末の妹が乗ったベビーカーをアンドリューさんが押していた。

「ココです。」と言われて、着いたところは、コトブキというチェーンのお菓子屋さんだった。

私はがっかりした。ここはice cream shop じゃなくてお菓子屋さんだよと。すると、アンドリューさんが店の中にあるアイスクリームの冷凍ケースを指差した。「Ice creamあります。だからIce cream shopです。」

私たちは、アンドリューさんが買ってくれたIce creamの包みをその場で剥がし、店の前にある椅子に腰かけて食べた。1歳の妹も口の周りをどろどろにして食べた。その顔を見てアンドリューさんは、「この子はあかちゃんではありません。ばかちゃんです。」と言った。アメリカン・ジョーク。私ともうひとりの妹はげらげらと笑った。

駅に向かう人たちが、私たちを不思議そうに見ていった。

あの日からコトブキは私の頭の中でIce cream shopと変換されるようになった。あのコトブキは、今はもう無い。

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