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1997年8月3日、シャルルドゴール空港にて

Bonjour! 東京フランスかぶれこと新行内です。陸サーファー的にフランスを語っております。

私が初めてフランスの地を踏んだのは今から24年前、1997年8月3日のことだった。

当時某大学のフランス語学科の2年生の私は、前年に1年間塾講師のアルバイトをして貯めたお金で、1か月間パリに短期留学することにしたのだ。

初めての海外、初めての留学。楽しみでもあったが、不安もそれ以上にあった。果たして私の乏しい語学力と行動力で1か月無事にやってこられるのか。事件に巻き込まれたり、病気になったりのトラブルに遭わないだろうかなどなど。弱冠二十歳の私は人知れず緊張していたのである。

限られた予算で行くために、航空会社も学校も自分で選んだ。間に留学のエージェントを挟むと手数料がかかるので、その手配も勉強のうちと思い、いろんな本で調べたり、留学の情報誌などを見てすべて自分で手配した。

飛行機は大韓航空。トランジットも楽だし、何しろチケットが安かった。

通う学校は、学費は少し高いが先生も厳しく、授業数も多くて実力がつくという評判のパリの私立語学学校に決めた。そことのやりとりはファックスとエアメール。Eメールでのやりとりがまだ一般的ではなかった時代だった。

滞在先は、語学学校がホームステイ先を斡旋してくれるとのこと。私はとても運よく、パリの一等地、マドレーヌ寺院の目と鼻の先の高級アパルトマンの一室が割り当てられた。これは本当に幸運なことで、同じように学校に斡旋を頼んでも、パリ市外の家庭をあてがわれた人たちもいたのだ。滞在料金は同額なのにである。

そのパリ8区の住所だけを知らされ、到着当日には学校のスタッフのシルヴィさんという女性が空港に迎えに来てくれ、アパルトマンまで車で送ってくれることになっていた。

ソウルでのトランジットを含めて20時間近くかけてシャルル・ド・ゴール空港へ到着し、これから始まる留学生活に期待に胸をふくらませ、しかし緊張でカチコチになりながら到着者出口に向かった。ここでシルヴィさんが私の名前が書いてあるプラカードを持って待ってくれているはずである。

私はきょろきょろとまだ見たことのないシルヴィさんの姿を探した。

いない…

どこにも私の名前のプラカードを持った女性はおらず、私は焦ってきた。

もうトラブルにあってるじゃん!!

心配で早くも泣きそうになりながら私はシルヴィさんを探し続けた。すると、ひとりの背が高い若い男性が近づいてきて私に話しかけた。

「マドモワゼル ノリコ シンギョージ?」

「ウイ」と答えてみると、彼は私の名前と学校名、シルヴィさんのフルネームが書かれたプラカードを手に持っていた。

そこから、早口に何かをまくしたてるように話してくるが、フランス語がまだまだ初心者の私には何を言っているのか理解することが出来ず、英語でもう少しゆっくり話してくれませんか?とお願いすると、

My girlfriend.....Sylvie....get sick....Pick up....to Paris.....

たどたどしい英語で何か話してくる。彼の英単語の羅列から推測するに、彼はシルヴィさんの彼氏で、彼女の具合が悪いため、代わりに迎えに来た。僕がパリまで送ります。と話していると推測された。

さてさて。この話を信用していいものなのだろうか。疑心暗鬼になっている私は、もしかしたらこの人は空港で待っていたシルヴィさんを何らかの方法で気絶させ、プラカードを奪ってここに立っているのかもしれないと考えた。

そして金持ちと思われている日本人留学生から金品を奪おうとしているのかもしれないとまで。

そこで学校に確認するとか、そういう気が回らないのが当時の幼い私。この人の気分を害したらいけないと思ってしまい、結局怖いと思いながらも、彼について駐車場まで行ってしまった。

その間も彼は私の重いトランクを運んでくれ、早口のフランス語でしきりに話しかけてきた。彼の言ってることはほぼわからなかったが、それでもその話しぶりや表情から、人の好さが伝わってきた。しかし私の彼への疑いは完全には払拭しきれていない。

駐車場に着き、彼はグレーのVolvoのワゴン車の後部座席に私の荷物を積み込むと、傍らでぼーっと突っ立ている私に、車に乗るように促した。

私は意を決して、車のドアを開けた。もう、この先、命はないかもしれない。でも、私はこの車に乗ることを選択するのだという壮大な決意とともに。

すると彼が、急に大笑いをし始めた。

私は一瞬、「えっ?この人いきなりなんで笑い出すの?怖い!!」と身構えたがすぐに彼がなぜ大笑いしているかを理解した。

そう、日本の右ハンドル車に慣れている私は、左側が助手席だと思い込み、左ハンドルのVolvoの運転席に神妙な面持ちで乗り込んでいたからである。

二十歳とは言え、フランス人から見れば中学生(よかったらこの記事も読んでみてくださいね!)に見える私が、初対面の人間の車の運転席に陣取った姿がよほどおかしかったのだろう。彼は、こりゃたまらん、という顔で笑いを止めることができなくなっていた。

私も、緊張のあまり目の前のハンドルにも気づかずに助手席だと思い込んで運転席に腰かけている自分が、あまりにおかしくて、堰を切ったかのように笑いだした。

そうやってしばらくの間、ふたりでひーひー言いながら笑い転げ(転がってはいないがその勢い)、どちらかが笑いを抑えようとするとどちらかがまた吹き出すの繰り返しで、かなりの時間を駐車場で過ごした。

その笑いのおかげで、「彼は本当にシルヴィさんの彼氏だ。これから私の金品を奪おうとしている人間がこんなに無邪気に笑っていられるはずがない」と確信し、その後車の中でも英語とフランス語のちゃんぽんで楽しく話しながらホームステイ先までのドライブを楽しんだ。

まさに、右も左もわからなかった当時の経験談である。

ちなみにいまだに普通自動車の免許がない私。

そんな私が小型特殊の免許を取ったエピソードはこちら↓で読めます。

それでは A bientôt!

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