見出し画像

日本力 (松岡正剛/エバレット・ブラウン)

エバレット・ブラウン氏の「日本力」

 変わった体裁の本です。
 1988年から日本に住んでいるフォト・ジャーナリストのエバレット・ブラウン氏と、編集工学の提唱者松岡正剛氏との対話が中心ですが、それぞれの章のイントロとして、「日本力」を感じさせるブラウン氏の写真、松岡氏の過去の著作からの引用が採録されています。

 「○○力」というフレーズはちょっと前に流行りましたが、まず巻頭で松岡氏は「日本力」をこう定義しています。

(p10より引用) 本書で「日本力」と呼ばれているのは、この伝統的前衛力と前衛的伝統力をつなげている知覚身体に宿すべき力のことをいう。

 本書を読んで素直に驚くのはブラウン氏の多彩な学識です。それは専門教育で学んだことがらもあれば、自らの体験から得たものもあります。そして、そういった思考の礎から語られることばが当を得ていて秀逸なのです。

 たとえば、「日本の教育」について自らの子供の例をとらえてこう語ります。

(p29より引用) ぼくの子供は日本の学校に通っているんですが、見た感じでは、日本の教育は本当の教育ではなくて、ただの訓練としか呼べないようなものが占めている割合が大きいんです。・・・子供の知的な好奇心は育まれていない。

 コミュニケーションについては、「話す」という単語からコンセプトを抽出しそれを増幅させます。

(p31より引用) 話すことはある意味、「手放す」ことだと思うんです。・・・話すというのは開放的なことなんです。相手といろいろとおもしろい発想を自由にやりとりするのはたのしいことですし、新しい発見もできる。

 このあたりの言い回しは、松岡氏が発した言葉かと紛うばかりです。

 さらに、「日本の農民」の姿に発する「ローカリティ」の考察。

(p127より引用) 明治時代に日本の農民を見た外国人は、すごく豊かさを感じているんです。それはローカリティ--気の流れがあったからなんです。すべてのものがつながっているという感覚、自分もその中にいるという感覚を日本の農民は持っていた。ローカリティというのは、それぞれの人が持っているひとつの宇宙のことです。その中で生きている人は季節の移ろいを感じながら成長していく。毎年の経験を重ねていくうちに、あらゆる物のつながりがわかってきます。ローカリティを持つ人は、その小宇宙の混乱を解決していきます。それが本当の人生の豊かさ。

 日本在住が20年を越えるとはいえ、こういう日本の歴史や風俗まで視野に入れた分析と表現をなしうるというのは素晴らしいですね。我が身を省みて恥ずかしくなります。

松岡正剛氏の「日本力」

 松岡氏の本は、ここ1~2年でも「17歳のための世界と日本の見方」「日本という方法」「脳と日本人」「白川静 漢字の世界観」「多読術」等々を手にとっていますが、今回の「日本力」は、松岡氏の著作の中でも比較的読みやすいものだと思います。エバット・ブラウン氏とのベクトルを一にした対談が基軸になっていることがその大きな理由でしょう。

 とはいえ、松岡氏の従来からの主張もあちらこちらに見られますし、その独特の言い回しも健在です。
 たとえば、「西の文化」と「東の文化」をその始原から対比させた解説は、その典型例だと思います。

(p37より引用) 西の文化は一神教的社会で、二分法で善と悪、光と闇、男と女というふうにしっかりと分けて、そしてロジカルに考える。たいへん言葉・論理を大事にする。これは一神教の多くが砂漠的な風土に生まれたからなんです。・・・
 それに対して東の文化は多神多仏教的社会で、いわば森林型の文化なんです。・・・そういったなかから仏教の多様性が出てきていて、「待つ」ということのなかから、瞑想とか座禅がでてくるわけです。

 また、「日本の職人」の章での「未完成」の価値を語ったくだりも面白いものです。

(p158より引用) どこかちょっと違ったなとか、動きというかゆらめきがあるから、未完成のままで、それが次のものを生んでいく。そのことが今の日本が失いつつあるものの中で、とても大事です。

 職人の感性の堆積が、文化の厚みとなって人の営みの中に通底していくのだと思います。

 松岡氏の著作を読んで、私自身とても勉強になるのが、「物の見方」です。
 古今東西、重層的な知識を礎に、独自の「視座」から大きく投網をかけたような「視野」で対象をとらえ、そこから新たな「コンセプト」を紡ぎ出す方法は、私にとっての高い目標です。

(p184より引用) たしかに30年使える焼きものや漆器は高い。けれども、いったん技術とともにそれを失ったら、価値観はもちろんのこと、それまでそこに蓄積されてきた膨大な時間をも失ってしまうということを忘れてはいけないんです。

 伝統的なものを失うことは「蓄積された時間を失う」ことだ、取り返しのつかないことだ、というメッセージは、まさに正鵠を得たものだと思います。

 さて、最後に、松岡氏・ブラウン氏お二人から「今の日本人への提言」です。

(p197より引用) 日本の今の社会文化には、いろいろと足りないことがありますが、そのひとつがホーム・ポジションを持つという意識なんだと思っているんです。自分の原点、美意識や価値観の源泉を、ひとりひとり違っててもいいのだから、持つべきですね。

 これは、まさに「アイデンティティの礎」になるものです。広く日本を見渡して、過去からの歴史を振り返って、謙虚に自分の立ち位置を認識する営みは、言うまでもなくとても大切なことです。



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?