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心を豊かにする言葉術 (松平 定知)

(注:本稿は、2013年に初投稿したものの再録です)

 このところ読書のペースが落ちていたので、ちょっと気楽に読める本として選んでみました。

 テーマは「言葉」
 元NHKアナウンサーの松平定知氏と10人のゲストとの対談です。ゲストの面々も松平氏に輪をかけて一家言ある方々ですから、なかなか辛口のコメントも登場します。

 それらの中からいくつか私の興味を惹いたところを書き留めておきます。

 まずは、TBSのディレクタ・演出家であった鴨下信一氏との対談の中から、「アナウンサー独特の言い回し」についてのくだりです。

(p58より引用) 松平 書き古された表現や耳にたこができるような表現を条件反射的に使いすぎることも原因だと思います。菜の花が咲くと、必ず“絨毯”だし、観光客はいつでもどこでもなぜか“どっと繰り出す”ことになっています。視聴者には次に続く言葉が予測できるから、これでは驚きも感動もない。

 この松平氏のコメントを受けて、鴨下氏は、「同じ表現を繰り返すパターン化は言葉の記号化を招く」と指摘しています。

 別の章で、数学者で作家である藤原正彦氏との対談も採録されていますが、そこでの藤原氏の主張は「人は言語で思考する」というものですから、その論旨と綜合すると、「言語の記号化は、まさに日本人の思考の劣化につながっていく」ことになりますね。

 もうひとつ、女優の壇ふみさんとの対談。ここでは「日本語の美しさ」について語り合っています。

(p122より引用) 壇 言語学者の金田一春彦先生が、昔、嘆いていらしたのですが、「近頃の若い人たちは“食べ逃げで、申し訳ありません”などと言う。そういう時は、“戴き立ちで、申し訳ありません”が正しいのだ」と。知れば知るほど、日本語の豊かさや美しさを実感しますね。

 恥ずかしながら、私は“戴き立ち”という言葉を知りませんでした。なるほど柔らかな語感で、なかなかいい表現ですね。

 最後に、対談とは直接関係ないのですが、本書の中で最も印象に残ったところ、評論家佐高信氏との対談の章で紹介されていた詩人吉野弘さんの作品「祝婚歌」からの一節です。

(p176より引用) ・・・
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
・・・
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

 以前は、結婚式の祝辞でよく披露されていた詩とのことですが、私も “結構いい歳” なので、少しは実感として分かるようになりました。



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