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動的平衡ダイアローグ 世界観のパラダイムシフト (福岡 伸一)

(注:本稿は、2014年に初投稿したものの再録です)

 福岡伸一氏の著作は、「生物と無生物のあいだ」「25歳の補習授業」「フェルメール 光の王国」に続いて4冊目です。

 最初に読んだ「生物と無生物のあいだ」で紹介されていた「動的平衡」というコンセプトのインパクトは大きかったですね。さらに「フェルメール 光の王国」では、分子生物学者という肩書らしくない思想の柔軟さ、文筆力の確かさにも驚いた記憶があります。

 本書は、そんな福岡氏が、文学・芸術・建築・文明・宗教等々多彩なジャンルの論客と語り合った記録です。

 まず、福岡氏は、20世紀前半の生化学者ルドルフ・シェーンハイマーが説いた「生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である」という生命観を紹介し、それをもとに自らの「動的平衡」というコンセプトを復習しています。

(p9より引用) 私はここで、シェーンハイマーの発見した生命の動的な状態(dynamic state)という概念をさらに拡張し、とくに「秩序は守られるためにたえまなく壊されなければならない」ということ、つまり生命とは互いに相反する動きの上に成り立つ同時的な平衡=バランスである、という点を強調する意味で、「動的平衡」という言葉でこれを表わしたいと考えた。・・・生命とは動的平衡にある流れそのもののことである。

 福岡氏によれば、この「動的平衡」というコンセプトは生命観でもありますが世界観でもあるのです。本書で展開されるダイアローグは、この世界観をテーマとしています。

 以下に、様々なジャンルの方々との対話の中から、私が気になったフレーズを覚えとして書き残しておきます。

 まず、小説家平野啓一郎氏との対話の中から“因果律”を話題にしたくだりからです。

(p62より引用) 福岡 ・・・複雑系のような比較的新しい議論も、チョウが羽ばたくとはるか離れた場所で嵐が起こるというように、基本的には因果律を認めています。でも、実際そこにあるのは動的な平衡状態によるある種の同時性だけで、チョウが羽ばたいて嵐が起こることもあれば、起こらないこともある。・・・この世界のすべてがアルゴリズム的に記述できるという考え方は、そろそろ見直さないといけないと思うんです。
平野 因果律的な考え方は、間違いなく文学的な想像力にも染みついていますね。・・・
 本当に合理的に考えれば、この世界はすべて因果律でできているわけじゃないし、アイデンティティも一つでないとわかるはずです。でも、人間は必ずしも合理的にものを考えないんですね。

 このお二人の、因果律に縛られない「揺らぎ」を認めることが“合理的”だという考え方は面白いですね。

 そして、僧侶であり作家の玄侑宗久氏との対話。「仏教」と「科学」との対比です。

(p107より引用) 福岡 ・・・仏教では「色」という言葉を、「相互作用によって生まれる現象」という意味で使ってきましたよね。ものごとの本質を見通す、この洞察力はすごいと思います。それに対して、近代以降の科学は、人類が大昔から何らかの形で気づいていたことを、新しくて格好のいい言葉に置き換えてきたにすぎない。

 仏教は「無常」という概念で、福岡氏が説く「流れとしての生命」を言い当てているとも言えます。

(p108より引用) 玄侑 現代人にとって、自分が観察者となって移りゆく世の中を眺め、「世界は変化し続けている」と思うことは難しくないと思うんです。でも、「そう思う自分も、無常に変化しつつある」と知ることは決して簡単ではない。・・・そのときどきの状況に合わせて揺らぎ、変わっていけることが本当の強さだし、それにはまず無常を受け入れることが大事だと思うんです。

 「無常」は「変化」を前提としたコンセプトですが、同じく「変わり行くこと」を前提とした会話が、建築家隈研吾氏との間でも交わされています。
 話題は、東北の被災地復興の進め方。マスタープラン作成に時間がかかっている現状について、こう語っています。

(p157より引用) 隈 ・・・「全員が満足するようなマスタープランはできない」という前提に立って、場所に応じてだましだまし復興する形にしたほうがいい。そこでつくるものには、新陳代謝ができる仕組みをあらかじめインプットしておく。そのほうが、はるかに時代に合っていると思います。
福岡 私もそう思います。「だましだまし」は、地上の生物が、38億年の進化の歴史のなかで採用してきた方法でもあります。・・・現代から過去をレトロスペクティブに振り返ると、まるで合目的に進化したように見えても、じつはそのときどきで行ける方向に行っただけ。生命の進化は、転用と代用、バックアップとバイパスの連続です。それこそ「負けた者」の、その場しのぎの歴史なんです。

 このあたりの隈氏の主張は、丹下健三氏に代表される都市計画・都市構想を重視する考え方とは一線を画するものであり、「動的平衡」という福岡氏の提唱する世界観と共鳴するところが多いのだと思います。

 さて、本書を読んでの感想です。

 福岡氏が本書で紹介されている、バラエティに富んだ方々との対話はとても刺激的で興味深いものでした。
 もう少し福岡氏の仕事を追いかけてみたい気がしますね。



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