歴史・科学・現代 加藤周一対談集 (加藤 周一)
久しぶりに加藤周一氏関係の本です。
今回は珍しく対談集を選んでみました。政治学者丸山真男氏、物理学者湯川秀樹氏、哲学者久野収氏、フランス文学者渡辺一夫氏、宗教思想史家笠原芳光氏、哲学者J=P・サルトル氏、歴史学者西嶋定生氏ら、語り合う相手も錚錚たる方々です。
まず最初は、丸山真男氏と「歴史意識と文化のパターン」というテーマで。気心の知れたお二人の話題は奔放に拡がります。
その中で興味深かったのは、日本の歴史意識における丸山氏の「古層」というコンセプト。
こういった加藤氏の解釈を皮切りに、さらにこう論は進みます。
どうやるのかという方法論まで具体的にイメージできるわけではないのですが、とても興味深い分析的な思考法だと思います。
そしてもうひとつ、歴史家としての慈円と新井白石との比較論に話題が至ったとき。加藤氏は白石を評価していましたが、それに対する丸山氏のコメントも面白いものでした。
この意見について、加藤氏は再反論します。慈円は、肝心な歴史解釈のところで仏教的な結果論に拠り過ぎているというのです。
こういった知見の交錯は、(もちろん私には、どちらの論が正しいのか判断できるほどの学識は全くありませんが)とても興味深く感じますね。
ちなみに、丸山氏との議論で登場した日本の持続低音としての「古層」というコンセプトですが、似たような内容が西嶋定生氏との対話でも見られます。日本は「情の世界」、中国は「理の世界」との話のくだりで西嶋氏はこう説いています。
丸山氏の「古層」は、西嶋氏のいう「情」と重なるように思います。
さて、本書に採録された8編を読み通してみての感想ですが、特に私の印象に残ったのは、「科学と芸術」というテーマでの湯川秀樹氏との対談でした。
加藤氏は、東大医学部卒業ですから、科学的素養は十分に有しているわけですが、他方、湯川氏の学識の広範さには驚かされます。たとえば、こういう言葉が湯川氏から発せられるのです。
このあと湯川氏は、荘子の思想にも言及し、「荘子こそが動物生態学の開祖になるのではないか」とも指摘しています。幼い頃から漢籍を学び、また晩年は生物学にも関心を拡げた湯川氏ならではの返答ですね。
もちろん、他の方々との対談にも、それぞれに興味を惹かれるところ、新たな知見を得られるところが多々ありましたが、この湯川氏の語り口は、柔和であるがゆえに猶更その薀蓄の深遠さを感じさせるものでした。