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天災と日本人 寺田寅彦随筆選 (寺田 寅彦)

(注:本稿は2011年に初投稿したものの再録です)

 今般の東日本大震災を機に、改めて災害に対する備えとそもそも災害も含めた自然観を振り返る意味で手にとった本です。

 著者は物理学者であり随筆の達人寺田寅彦氏
 日本列島の地勢の特殊性を踏まえ、自然科学を礎としつつも日本人論にも踏み込んだそれぞれの作品は、今読んでもなお大変示唆に富むものです。

 本書の最初に掲げられた随筆「天災と国防」には、寺田氏によるまさに耳に痛い指摘が開陳されています。

(p9より引用) 統計に関する数理から考えてみると、一家なり一国なりにある年は災禍が重畳しまた他の年にはまったく無事な廻り合わせが来るということは、純粋な偶然の結果としても当然期待されうる「自然変異」の現象であって、・・・悪い年廻りはむしろいつかは廻って来るのが自然の鉄則であると覚悟を定めて良い年廻りの間に十分の用意をしておかなければならないということは、実に明白すぎるほど明白なことであるが、またこれほど万人が綺麗に忘れがちなことも稀である。

 また、同様のコメントは、過去二度にわたる三陸地方を襲った津波を題材にした「津波と人間」においても「科学の方則」として言及されています。

(p28より引用) 科学の方則とは畢竟「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。
 それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼き払われたのである。

 寺田氏は、科学者として「科学の有用性」を訴えながら、それを謙虚に行動に活かすことができない「人間」「社会」に警鐘を鳴らし続けました。
 その背景には、文明と災害との関係性の思想があります。

(p10より引用) 文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。

 未開の頃は災害があってもその範囲は限定的であり、その被害からの再生も容易でした。しかしながら、文明が進歩し都市が構造化され、それを支える社会インフラも複雑化している今日では、災害が社会生活に与えるダメージは過去と比較にならないくらい甚大なものになっているという指摘です。

 まさに、今回の東日本大震災とそれに伴う福島原子力発電所事故は、寺田氏の危惧がそのまま現実化されたものだといえるでしょう。

(p86より引用) 「地震の現象」と「地震による災害」とは区別して考えなければならない。現象のほうは人間の力でどうにもならなくても「災害」のほうは注意次第でどんなにでも軽減されうる可能性があるのである。

 この「災難雑考」の章で述べられている寺田氏の主張は、まさに東日本大震災の被害を目の当たりにしている今、なおさらに活きる至玉の箴言だと思います。

 さて、本随筆集の終章は「日本人の自然観」というタイトルの小文です。
 その中から、いかにも寺田氏といった感性と筆致が現れているくだりを最後にひとつご紹介します。

(p122より引用) 日本の自然界は気象学的地形学的生物学的その他あらゆる方面から見ても時間的ならびに空間的にきわめて多様多彩な分化のあらゆる段階を具備し、そうした多彩の要素のスペクトラが、およそ考え得らるべき多種多様な結合をなして我が邦土を彩っており、しかもその色彩は時々刻々に変化して自然の舞台を絶え間なく活動させているのである。

 この多種多様な、寺田氏流の表現では「慈母」と「厳父」の性格を併せ持った日本の自然風土が母体となり、大陸の辺境に位置する日本人独特の日常生活・精神生活が生起したとの説です。



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