世界の知で創る―日産のグローバル共創戦略 (野中 郁次郎・徳岡 晃一郎)
共創 生みの苦しみ
日産といえば、カルロス・ゴーンの「リバイバルプラン」によるV字回復が有名ですが、それ以前から、将来を見据えたグローバル開発体制確立への壮大なチャレンジを行っていました。
本書は、その現地開発プロジェクト立ち上げの足取りを追いながら、その成功要因を「知の共創」という観点から解き明かそうとしたものです。
第一章の舞台は、アメリカのNRD(日産リサーチ・アンド・ディベロップメント社)です。
開発拠点の立ち上げにあたっては、原則現地のエンジニアを活用するとの方針から、多くのアメリカ人エンジニアを採用しました。
しかし、アメリカ人エンジニアの経験してきた仕事は、予想以上に細分化されていました。
アメリカ人エンジニアも大いに驚きましたが、日本人側にも、自らに染み付いたやり方についての重要な気づきがありました。
1989年にNRDにダイレクターとして赴任した今井英二氏(のち日産常務執行役員)による、「日本流のファジーな暗黙知の共有状態の弊害」に関することばです。
日米の仕事やり方についての大きな相違は、双方が「よいとこ取り」をする方向で、「共創のプロセス」として止揚されていきました。
譲れないこと
日産とフォードの共同開発体制の構築は、当初の想定以上に困難なものでした。それぞれの会社での開発スタイルがあまりにも異なっていたのです。
共同開発を進めるためには、開発手法をひとつに整理する必要があります。どちらのやり方に合わせるのか。
「フロントライン」の仕事として、「アメリカで作ってアメリカで売る車なのだから、アメリカ人のセンスを重視しよう」としたところもあれば、日産ウェイを貫徹したところもありました。
フォードでは、上流の開発・設計工程と下流の製造工程の関係が明確です。それぞれ工程の独立性が高く、権限や責任がキチンと規定されています。そして、上流の開発部門がイニシアティブを取り、両プロセスのインタフェースを規定します。
他方、日産の方法は全く異なります。
NRDでの開発は、この日産型の「サイマルテニアス・エンジニアリング」方式を基本にして進められました。
この方式が現地のエンジニアに理解されるまでには、数ヶ月の時間が必要でした。しかしながら、このこだわりは「いいクルマづくり」という共通の目標に向かったものでした。
NRDの開発トップの上級副社長だった大久保宣夫氏のQCDについての信念です。
NTCNA(元NRD)は、タイタン・アルマーダ・インフィニティQX56等、次々と現地開発した車種を市場に送り出しました。現地開発組織としてはひとり立ちを果たしましたが、2000年、NTCNA社長の山下光彦氏は、次のステップアップに向けた問題を以下のように捉えていました。
(p98より引用) これからNTCNAが真に飛躍していくためには、どんな修羅場が来ようとも、守らねばならないものがある。それが品質、コスト、技術水準、マネジメントなどの組織の基礎能力である。これらがきちんとできなくては、火事場のバカ力で、一過性の商品開発はできるかもしれないが、長期的な商品性や収益力という観点、すなわち持続可能な成長力の観点では不安が残る。底力を組織知として整理し、ストックしなくてはならない。
持続的に成長するための「組織の基礎力再構築」です。
共創への気づき
欧州はある意味、米国以上に自動車王国です。各国の自動車会社は、それぞれの国のニーズを反映した個性的なクルマで市場を押さえています。
そういう中で日産は新参者でした。アメリカのとき以上に条件の厳しい欧州に進出する際も、エンジニアは現地の人材を最大限活用しました。
独自日本流の暗黙知主導の開発スタイルをNETC流に再構築していくうちに、英国側エンジニアからの有益な気づきが生れてきました。
また、上流・下流の工程の壁をつくらない検討方式も、スムーズな開発推進に大きく寄与しました。
こういったワイガヤの検討が機能するには、メンバ間の関係性の濃さがその前提条件として必要となります。
この濃密な関係性に基づく知恵の綜合は、これからの市場で求められる商品作りの大きな力となります。
著者たちは、「モノづくり」から「コトづくり」というキーワードで今後の市場の動きを指摘しています。
高くても買いたくなるようなワクワク感のある商品です。そういった「コトづくり」を重視すると、市場との対話力が益々重要になってきます。
著者たちは、本書で、日産の「グローバル開発体制」の構築を材料に「日本発のグローバル知識綜合のしくみ」を提唱しています。
この「知識綜合」は、「ほどよい形式知化」でプロセスの大枠を規定し、「濃密な信頼関係」の中で暗黙知の共有による共創を生み出していきました。
本書で取り上げた日産のグローバル開発体制の構築の取組みは、ひとつの「日産ウェイ」の発現でした。それを著者たちは、「思いのある実践主義(思いとプラグマティズムの融合)」と名づけています。
思いをひとつにして「走りながら考えるプロセス」です。
ここでのポイントは、まずは「走り出す方向」です。これを定めるための基準は「合理性」という尺度です。そして、スタートは「現場」です。常に現場と向き合って諦めることなく成功するまで喰らいついていく姿勢。
こういう行動様式は以前から日産にはあったといいます。
山下氏がNTCNA社長在任中に4原則としてまとめ、その発展形が現在、開発部門の日産ウェイとして形式知化しています。
最後に、本書は、「知識創造」という観点から日産の事例を研究したものですが、同じような問題意識でトヨタを分析した「トヨタの知識創造経営」という本もあります。
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