見出し画像

トヨタの知識創造経営 (大薗恵美・清水紀彦・竹内弘高)

矛盾の経営

 本書は、「Extreme Toyota: Radical Contradictions That Drive Success at the World's Best Manufacturer」というタイトルで英文で出版されたものの邦訳版です。

 内容としては、野中郁次郎・竹内弘高両氏「知識創造企業」で示した視点からトヨタの強さの源泉を読み解いたものという印象を受けました。

 トヨタの強みを分析した書物はそれこそ山のようにありますが、著者たちは、本書でその成功の源として新たな指摘を試みています。

(p13より引用) 最大の発見は、トヨタの成功の源が「トヨタ生産方式」として知られる有名な生産プロセスのみならず、普通の企業では考えられないような矛盾や対立やパラドックスを組織内に創出・醸成していくというユニークな経営手法にみいだせたことだ。

 そのユニークな経営手法は、6つの相反する特徴に表れているというのです。

(p20より引用) 不思議かつ不可思議なトヨタ成功の謎を解く鍵となる、それぞれが矛盾を内包する六つの相反する特徴は次のようなものである。
 1.少しずつ前進するが、時おり飛躍もする
 2.倹約を徹底するが、大盤振る舞いもする
 3.業務の効率性が高いが、重複も多い
 4.安定を目指すが、同時に現状を疑ってかかる
 5.官僚的な階層組織を尊重する一方で、反対意見を自由に述べさせる
 6.コミュニケーションを単純化しているが、コミュニケーション・ネットワークは複雑である

 そして、これらの現象を生起させつつトヨタを持続的な成長に導く源として、2つのベクトルの6つの力を挙げています。

(p41より引用) 六つの力は次の通りである。
「拡張力」
 ・不可能な目標 ・・・
 ・実験主義 ・・・
 ・現地顧客対応 ・・・
「結合力」
 ・創業者の哲学 ・・・
 ・神経システム ・・・
 ・アップ・アンド・イン ・・・

 著者たちは、これらの力を「トヨタを拡張し同時に繋ぎ止める六つの相反する力」としてモデル化し、本書にて詳説しています。

トヨタの拡張力

 著者たちが指摘している2つのベクトルのうちのひとつが「拡張力」です。これは、「不可能な目標」「実験主義」「現地顧客対応」という3つの力に特徴づけられます。

 そのなかで、「実験主義」についての解説です。

(p98より引用) 実験は、正しいかどうか確証のない仮説を検証する方法であり、それを通じて成功だけでなく失敗からも学ぶことが可能だ。実験を通じてトヨタは何がうまくいき何がうまくいかないのかを学び、顧客や技術に関する知識を得て、新たなプロセスや仕事のやり方を創り出し、それが、トヨタが発見の旅を続ける助けとなる。

 ここでの特徴は、「まずやってみる」という姿勢、「やってみた結果、成功も失敗も同等に学びとして知識化していこう」とする姿勢にあります。

 実験は、トヨタの日常業務として根づいている改善プロセスの一環です。トヨタでは、社員一人ひとりの「問題解決能力」の習得・向上に非常な重きをおいています。

 問題解決の具体的なプロセスとしては「TBP」が紹介されています。

(p104より引用) トヨタ・ビジネス・プラクティス(TBP)といわれる八ステップのプロセスは、社員が必要な問題解決能力を身につけるうえで役立つ。・・・
 1 問題を明確にする
 2 問題をブレークダウン(細かく分解)する
 3 達成目標を決める
 4 真因を考え抜く
 5 対策を立てる
 6 対策をやり抜く
 7 結果とプロセスを評価する
 8 成功したプロセスを定着させる

 真因を「考え抜く」、対策を「やり抜く」といった表現にトヨタらしい真摯な愚直さ・粘り強さが表れています。

(p106より引用) 深く考え、でも、小さく行動し、慎重な一歩を踏み出し、決してあきらめないのが、不可能な任務いわば「ミッション・インポシブル」を実現する一番現実的な方法であるのをトヨタは突き止めたのだった。

問題解決のソフトウェア

 著者たちは、本書で、トヨタの強みとしてプロセスのハードウェアの背景にある「ソフトウェア」に部分に着目しています。
 その源の多くは創業期の経営者たちが抱いていていた「価値観」に遡ります。

(p120より引用) 合理的な手順を支える価値観や信念は実験のソフトウェアであり、そのルーツはトヨタの創業者たちにある。・・・トヨタに根づいている五つの価値観・・・とは、①思い切って行動する、②失敗を許容する、③正直であれ、④良いことをする、⑤決してあきらめない、だ。

 そのなかで「正直であれ」についてもう少しご紹介します。
 「正直であれ」とは、人間の犯す過ちを当然のことと考え、それをプラスに転換するために顕在化させようとの姿勢だと思います。

(p123より引用) トヨタの仕事文化で独特なのは、問題の存在を認め、それを可視化し、それを改善のチャンスととらえ、根本原因を見極め、長い間に問題が再発するのを防ぐための対策を講じるよう、社員に促している点だ。この文化は同時に、あやまちは人の常という観念を受け入れている。人間は失敗もするし、弱点や限界もある。これらの限界に対する最も建設的な方法は、社員に間違いや弱点を正直に認めるように促すことだと、トヨタはみいだしたのだ。

 これら脈々と受け継がれる価値観は、トヨタの「企業文化」のひとつである「行動中心主義」を下支えしています。

(p248より引用) 行動重視は、トヨタの典型的な企業文化である。「トヨタウェイ2001」は、現地現物に関する部分で次のように説明している。「周到な実務家を自認し、環境変化に対しまずは試行(暫定版)を実施する。いたずらに『議論』に時間を空費したり、『戦略』という言葉を振りかざし、軽率に賭けに出たりすることはしない」・・・
 行動を起こすことの重要性は、「六割いいと思ったらやれ」「何もしないより何かやって失敗したほうがいい」というような言い方で、代々受け継がれている。

 「結果」よりも「行動」や「プロセス」を重視する考え方です。
 そして、「プロセス」を定着化するためには、「人的な継続性」が重要な意味をもつとのスタンスです。「知識」は、人が創造し、人に蓄積されるからです。

従業員の創造性

 著者たちは、本書のタイトル(邦名)にもあるように、トヨタを「知識創造経営」企業と位置づけています。「知識創造」の根源的単位は従業員1人ひとりです。

 その意味からトヨタは、従業員の創造性を最重要視しています。
 その姿勢は、「現地顧客対応」に関する浦西徳一副社長のコメントにも表れています。

(p136より引用) まずは現地顧客対応です。・・・潜在的なマーケット・ニーズをすべて調査して、それに対して最適な解決策をひとつだけ選ぶようなグローバル企業は、たしかに効率はいいかもしれませんが、その方法ですと現地の従業員の創造性が犠牲になってしまいます。

 グローバル・スタンダードを振りかざしたトップダウン的なマネジメントよりも、現地に根ざした現場の知恵を大事にしているのです。

(p214より引用) 上の人にいかにビジョンがあっても、何ができて何ができないかの情報をもっているのは下の人たちです。重要な情報をもっていて処理するのは現場で、前線にいる社員が現地の状況やトップの意見などを考慮しつつ、決めるわけです。

 従業員重視の考え方は、トヨタの人的資源管理の価値観そのものです。

(p230より引用) アップ・アンド・インの人的資源管理は何に由来しているのだろうか。・・・これらの価値観は、「継続的改善」と「人間性尊重」というトヨタウェイの二本の柱に表現されている。その根底にあるのは、人間はチャンスを与えられればだれでも貢献できるという考え方である。「人間性尊重」という柱は、トヨタの人的資源管理が社員のどのような能力を育成しようとしているかに反映されている。
 ・広い心をもち、長期的視野に立って、多様な視点から自律的に考えることができる
 ・課題への取り組みを通じて自分の能力を発見する
 ・組織を動かす行動を起こすことができる

 こういった価値観にもとづく人事管理は、昨今のグローバル・スタンダードと言われている評価主義、アップ・オア・アウトの方向性とは逆のものです。

 トヨタ自身も急速な国際化・海外展開により、人材の多様化が進んでいます。こういう環境の大きな変化においても、トヨタの伝統的人的資源管理の価値観を堅持・継承できるのか。トヨタは、人材育成に多くの投資を振り向けていると言われますが、今後もそういう傾斜投資を継続し続けられるのか。
 本書では、トヨタの「人間的経営モデル」は普遍的であると結論づけています。

スパイラル・アップ

 トヨタの強さについては、最近出版された井上久男氏による「トヨタ 愚直なる人づくり‐知られざる究極の「強み」を探る」という本でも、「人づくり(人材育成)」の面が指摘されています。

 本書でも、そういったマネジメントのソフトウェア面の指摘が数多くありました。
 それらのいくつかをご紹介します。

 まずは、本書のサブタイトルにもある「矛盾と衝突の経営モデル」の肝である「矛盾の昇華」についてです。

(p34より引用) 人間関係のなかで起きる矛盾や対立を発展的に昇華させることができれば、そこから生まれる創造性を生産プロセスに落とし込むのも可能なのである。

 こういった矛盾や衝突は、強力なトップダウン式の明瞭なマネジメントスタイルの場合は発生しにくいものです。
 トヨタは、あえて目標に「あいまいさ」を残すことによって矛盾の発生・それを解決する社員の創造性を喚起させています。

(p100より引用) 安田善次元専務取締役は、トヨタの目標は、方向性を示すが限定的ではないので、社員は自分が正しいと思う方向に向かって創造的エネルギーを発揮することができると言う。

 著者たちは、こういったトヨタ流のマネジメントを6つの力の不安定な動的相関関係としてモデル化し、その総合力が「トヨタの進化」の源泉だと説いています。

(p55より引用) この六つの力は相互依存的に作用しあい、互いに強化しあう。その影響で、トヨタの組織は不均衡な状態に置かれる。そこには根本的な矛盾が並存し、組織内に健全な緊張と不安定な状況が生み出される。六つの力のいずれの優位性が変化してもこの状態はダイナミックに揺れ動き、組織を安定状態から新たな軌道へと向かわせる。軌道は六つの力のバランスにより時間とともに変化していく。このような変化はどの組織にも見られるものだが、トヨタが他社と異なるのは、継続的な変化が介在し、不安定が継続する状態を自ら推進していることだ。

 こういったトヨタの強みは、「カイゼンを支える危機意識」を指摘した浦西副社長のコメントの中にみられるように、トップマネジメントレベルで経営哲学として根づいている点にもあるように思います。

(p177より引用) カイゼンを支えるため、トヨタはある種の危機感を組織内に創り出す。浦西はこう説明する。
 現状に満足しない。満足したとたんにおかしくなる。それを防ぐには、危機意識を持たねばなりません。・・・だが、本当の危機に立ち至らないと、危機意識の共有は難しい。トヨタは危機意識が比較的うまく共有できています。それが、マネジメントの一番大事な仕事だと思っています。

 トヨタは“持続可能な企業”としてあり続ける「自律的な仕掛け」を自ら人とプロセスの中に作り込んでいるようです。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?