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トヨタ 愚直なる人づくり ‐ 知られざる究極の「強み」を探る (井上 久男)

トヨタウェイ

 トヨタの「強さ」の源泉を説く書籍は、それこそ山のように出版されていますが、本書は、その中でもかなり最近のもの(最初にBlogを投稿した当時)です。

 切り口は、「カイゼン」「カンバン方式」といった定番の生産管理関係ではなく、「人づくり(人材育成)」に焦点をあてています。

 とはいえ、やはりトヨタに関する本で「カイゼン」に触れないわけにはいきません。もちろん「カイゼン」活動も「人」が主人公ですから。

(p98より引用) トヨタ自動車は2001年、企業理念をグローバルに共有し合うため、「トヨタウェイ2001」を策定した。・・・
 このトヨタウェイ2001は日本語と英語で説明されており、以下のような五つのキーワードで説明され、それをわかりやすく補足する形で、経営者の「語録」がつけられている。
  ①チャレンジ
  ②カイゼン
  ③ゲンチゲンブツ
  ④リスペクト
  ⑤チームワーク

 この「カイゼン」の項で紹介されている高橋朗氏(元デンソー会長・元トヨタ副社長)の「ことば」です。

(p100より引用) 「改善活動は改革のインキュベーターである。なぜなら、それは変化を受け入れる土壌を創り出すからだ」(高橋朗)

 こういったトップマネジメントの意識は、トヨタのあらゆる社員に浸透しています。
 本書の冒頭では、トルコ工場を立ち上げた小林浩治氏の話が紹介されています。

(p8より引用) 小林はいつも「会社には多くの人が働き、ミスもしでかす。それが悪いのではない。起きた問題を隠す方がもっと始末が悪い。会社経営というのは、問題がないことの方が問題ではないか」と話す。

 まさに、トヨタに根づいた「カイゼン・マインド」の一端を示すものです。

 こういった「カイゼン」に限らず、本書では、トヨタならではといった数々の特徴的な経営スタイルが登場します。
 その中でひとつ「なかなか決めない経営」について。

(p24より引用) この「なかなか決めない」経営というのは、トヨタの伝統でもある。最高顧問の豊田英二が社長時代、アメリカに工場を建設する大プロジェクトでも、豊田は自分の口からはどこに新工場を建設すべきか、なかなか発言しなかったという。トヨタ関係者は「英二さんは『俺がすぐに決めたら、社員は誰も考えなくなるだろう。どこの土地がいいのか、あるいは本当にアメリカに工場をつくることがいいのかも含めて、皆が徹底的に考えないと事業は失敗する』と漏らしていた」と語る。

 じっくり考えて、決めたら迅速に動くというスタイルです。「スピード経営」が声高に叫ばれているなか、自動車産業のような巨大製造業は、まだ「決めてから動く」でよいのかもしれません・・・。一旦動き始めると、研究開発にしても設備建設にしても後戻りするのが大変ですから。
(当時(10数年前)の感想です。今では自動車産業を取り巻く環境も大きく様変わりしていますから、こんな悠長なことは言っていられません。)

 最後に、ここでは詳細には触れませんが、本書を読んで最も驚き印象に残ったのは、「アイシン苅谷工場火災に際してのグループ企業の自律的な動き」でした。
 著者も指摘しているように、グループでの目的意識の共有と同時に、常日頃から実際のアクションにつながる実力が養われているということの証左です。
 これは、一朝一夕には真似はできません。すごいことです。

継続する結果

 巨額の売上・利益を上げ続けているトヨタですが、著者曰く、「トヨタ社内には数値目標はほとんどない」とのことです。
 目標管理にもとづく成果主義がこのところの流れですが、トヨタはここでも別の考えをもっているようです。
 共有するのは「目標」ではなく「方針」だというのです。

(p28より引用) トヨタでは、目標管理ではなく、「方針管理」という言葉がよく使われる。方針管理はだいたい1年スパンで管理される。目標管理は、会社の目的とずれていても、上司と部下が一定の目標を決め、それを達成すれば評価される仕組みであり、どちらかと言えば、部分最適が重視される傾向にある。
 方針管理とは、「今年はこちらの方向に向けて新しい仕事をするぞ」といった具合に、会社や組織として新しい方向に向けて動き出すための、言わば「哲学書」のようなものだ。・・・社長が年初に全体の方針を発表し、各職場がそれをブレークダウンしていく。それによって全体最適を目指すのだ。

 私などは「目標管理」or「方針管理」ではなくて、「方針管理」があってその具体的手法として「目標管理」があるように思うのですが・・・。
 とはいえ、ブレイクダウンされた「目標」はしばしば“木を見て森を見ず”的な姿勢を固定化してしまいがちだというのは、多くの組織で見られる現実ですね。

(p31より引用) 目標管理は合成の誤謬を生みやすいシステムであるのに対し、方針管理はコンセンサスやチームワークを重視するシステムだ。・・・先の小西(注:トヨタインスティテュート部長)は「企業だから数字も大切だが、10年後に企業としてどうなっていたいか、あるいはトヨタの社員としてどうあるべきかを考える方が大切ではないか。トヨタでは継続性のない結果は結果とは言わない」と言い切る。

 「結果の継続性を重視する」、これはなかなかインパクトのあることばですね。

 ちょっとトーンは異なりますが、「将来」を重視するトヨタの実例をもうひとつご紹介します。

(p144より引用) トヨタには「現地現物」を大切にする経営哲学がある。プリウスが発売された当時、トヨタの役員は「一時的にコストがかかっても、自社で生産してみないと、技術もコスト構造もわからない。仕入先とも議論ができなくなる」と語っていた。

 コアとなるノウハウや経験は社内に蓄積する。
 「将来のための自前主義」です。

インフォーマルネットワーク

 本書の特徴は、トヨタの強さの源を「人材」という観点から明らかにしようとしている点にあります。
 潤沢な経営資源を背景にゆとりのある人材育成の仕組み・立派な研修施設があることも事実ですが、トヨタは、もっとベタな「人間的」な要素に着目しています。

 たとえば「育ててもらえる」という言い方。「自己啓発」の勧めはどんな企業でも言われているでしょうが、こういう言い方はあまり聞きません。

(p43より引用) 新入社員ら若手に配っている仕事の仕方などを説明したパンフレットには、「育ててもらえる人材になりなさい」と明記されている。厳しく指導されるということは、本人に能力がある、やる気があると認められているからである。これは管理職に対して言えば、部下が可愛いなら、もっと厳しくせよ、というメッセージとも受け止められる。

 極端な言い方をすると、「トヨタ版徒弟制度」ですね。

 どうも、こういった一般的には「ちょっと前のやり方」と思われるような仕掛けが、トヨタの「人」という側面からみた強みになっているようです。
 トヨタには多くの親睦団体があり、スポーツやレクリエーションイベントも盛んだといいます。

(p67より引用) 人事部長の宮崎は「『個』の時代だと思って、会社も遠慮していたところがあるが、こういう会合に若い人もどんどん参加した方がいい。若い人が嫌がっても、どんどん引っ張っていけば、ついてくるようになる。若い人のコミュニケーション力は弱くなっている傾向にあるが、幹事をやれば、企画力やコニュニケーション力もつく。趣味の話だけではなく、他部署の人と仕事のことを話し合うきっかけにもなる」と話す。「花見の幹事のできない人間に、仕事の段取りもできない」と話すトヨタ幹部もいる。

 トヨタの「人脈力」=「インフォーマルネットワーク」の源がこのあたりにあります。

(p69より引用) 娯楽が多様化したことや、休みの日まで会社に縛られたくないなどの理由で、日本の会社では「文体活動(文化、体育活動)」のイベントは減る傾向にある。・・・しかし、トヨタでは、文体活動のイベントも、縦・横・斜めのネットワークを形成する上で重要な役割を果たしていると判断しているのだ。

 近年、野中郁次郎氏も、企業における知識創造プロセスの構成要素として「場」の重要性について指摘しています。このトヨタのインフォーマル・ネットワークも、ひとつの「場」もしくは「場」形成の基盤といえるのでしょう。

(p75より引用) 人と人との関係、人と職場との関係、人と親睦組織との関係、これらはすべて「場」であろう。
 裃を脱いだインフォーマルな活動では、ざっくばらんに意見交換もできる。立場の違う人や職種の違う人の異なる価値観と交じり合うことで、新たなヒントも入ってくる。トヨタの縦・横・斜めのインフォーマルなネットワークは、大きな「場」である。

 著者も、「トヨタの競争力の源泉」について本書のなかで、こう指摘しています。

(p91より引用) トヨタの競争力が依然として強いのは、トヨタ生産方式を使っているからではなく、長期的な視点も織り込み、OJT教育を大切にした実践に根づいた人材育成を大切にしているからではないか。トヨタ生産方式を学ぶというよりも、机上の空論は受け入れない実践重視の人材育成のあり方を学ぶことの方が先決であろう。

 最後に、本書を読んでの感想ですが、文章が簡潔で非常によみやすく、また、内容も丹念な取材に裏打ちされてよくまとまっています。世の中に溢れている「トヨタ生産方式」の解説はほとんど省いて、「人材育成」に焦点を絞った点も成功しているのではないでしょうか。

 強いていえば、「人材育成」について従業員の声も聞いてみたかったですね。経営者やマネジメント層からのコメントは多く取材されているのですが・・・。
 人材育成は、しばしば育成側の想いと受ける側の実感とがすれ違いがちですから。


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