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世界の知で創る―日産のグローバル共創戦略 (野中 郁次郎・徳岡 晃一郎)

共創 生みの苦しみ

 日産といえば、カルロス・ゴーンの「リバイバルプラン」によるV字回復が有名ですが、それ以前から、将来を見据えたグローバル開発体制確立への壮大なチャレンジを行っていました。

 本書は、その現地開発プロジェクト立ち上げの足取りを追いながら、その成功要因を「知の共創」という観点から解き明かそうとしたものです。

 第一章の舞台は、アメリカのNRD(日産リサーチ・アンド・ディベロップメント社)です。
 開発拠点の立ち上げにあたっては、原則現地のエンジニアを活用するとの方針から、多くのアメリカ人エンジニアを採用しました。
 しかし、アメリカ人エンジニアの経験してきた仕事は、予想以上に細分化されていました。

(p30より引用) 実際、アメリカ人エンジニアたちは、NRDで働き始めて、「アメリカでは10人で1個の部品を担当するのが当たり前だったのに、日産では1人で10個の部品を担当している」ことに驚いた。これは、生産性が高い低いの問題ではない。仕事のやり方の問題だ。しかし、仕事のやり方の違う日米のエンジニアが混在する状況では、たちまち組織の生産性の問題になってしまう。

 アメリカ人エンジニアも大いに驚きましたが、日本人側にも、自らに染み付いたやり方についての重要な気づきがありました。

(p32より引用) 日本人技術者たちはアメリカ人技術者に日産流の開発のしかたを理解してもらうプロセスを通じて、意識もしないでいた「言わずもがな」の暗黙知に頼っていたことがいかに多いかに気づかされた。それを頭の奥のほうから引っ張り出して形式知化する。一方で、実際に説明をしようと思うと、実ははっきりと決まっていないのに決まっていたことのように思い込んでいたことや、わかり合っていたはずの日本人同士でも互いに理解の異なっていたことにも気づかされた。

 1989年にNRDにダイレクターとして赴任した今井英二氏(のち日産常務執行役員)による、「日本流のファジーな暗黙知の共有状態の弊害」に関することばです。

(p40より引用) 「仕事上の重要なポイントは本来、役割の境界の取り合いや調整にあるのではない。それぞれの分担の中での業務の深みのほうがより重大な問題だ。調整に気を取られるあまり、本来追求すべき深みを疎かにしてしまいかねない。そういう意味で、役割分担を自覚できる欧米流の組織体制を学べたことは、有意義なことだと思った」

 日米の仕事やり方についての大きな相違は、双方が「よいとこ取り」をする方向で、「共創のプロセス」として止揚されていきました。

(p49より引用) 異なる会社が一緒に自動車の開発・製造を行うには、それぞれの文化や伝統、暗黙知や価値観などのさまざまな違いゆえに多くの障害が生まれる。このようなぶつかり合いを通じて、お互いに当たり前と考えていたことを振り返り、それを乗り越えていく過程で初めて、双方にとって何が大事なのかも見えてくる。こうしたコンフリクトこそが気づきや共創のための重要な最初のプロセスになった。

譲れないこと

 日産とフォードの共同開発体制の構築は、当初の想定以上に困難なものでした。それぞれの会社での開発スタイルがあまりにも異なっていたのです。

 共同開発を進めるためには、開発手法をひとつに整理する必要があります。どちらのやり方に合わせるのか。
 「フロントライン」の仕事として、「アメリカで作ってアメリカで売る車なのだから、アメリカ人のセンスを重視しよう」としたところもあれば、日産ウェイを貫徹したところもありました。

 フォードでは、上流の開発・設計工程と下流の製造工程の関係が明確です。それぞれ工程の独立性が高く、権限や責任がキチンと規定されています。そして、上流の開発部門がイニシアティブを取り、両プロセスのインタフェースを規定します。

 他方、日産の方法は全く異なります。

(p50より引用)一方、日産に限らず日本の自動車メーカーでは、生産技術部門が開発部門とバランスの取れた権限を持ち、生産技術部門の技術者が開発の初期段階から介入して、開発技術者と一体となって、加工・組み立てなどのつくり込みの品質や生産性を加味した開発・設計が進められる。これは下流工程の生産技術者が上流に遡り、開発技術者と一緒に開発を行うことで、後工程(生産)の齟齬や不具合を少なくしようという日本流のフロントローディングの実践である。これがいわゆる「サイマルテニアス・エンジニアリング」と呼ばれる日本方式だ。

 NRDでの開発は、この日産型の「サイマルテニアス・エンジニアリング」方式を基本にして進められました。
 この方式が現地のエンジニアに理解されるまでには、数ヶ月の時間が必要でした。しかしながら、このこだわりは「いいクルマづくり」という共通の目標に向かったものでした。

 NRDの開発トップの上級副社長だった大久保宣夫氏のQCDについての信念です。

(p64より引用) 「QSD(品質・コスト・納期)はどれも大切だが、Q(品質)があってこそのC(コスト)とD(納期)である」といって、いかなる理由があろうと品質で妥協することを許さなかった。「いいクルマづくり」にこだわったことが結果的に幸いした。

 NTCNA(元NRD)は、タイタン・アルマーダ・インフィニティQX56等、次々と現地開発した車種を市場に送り出しました。現地開発組織としてはひとり立ちを果たしましたが、2000年、NTCNA社長の山下光彦氏は、次のステップアップに向けた問題を以下のように捉えていました。

(p98より引用) これからNTCNAが真に飛躍していくためには、どんな修羅場が来ようとも、守らねばならないものがある。それが品質、コスト、技術水準、マネジメントなどの組織の基礎能力である。これらがきちんとできなくては、火事場のバカ力で、一過性の商品開発はできるかもしれないが、長期的な商品性や収益力という観点、すなわち持続可能な成長力の観点では不安が残る。底力を組織知として整理し、ストックしなくてはならない。

 持続的に成長するための「組織の基礎力再構築」です。

共創への気づき

 欧州はある意味、米国以上に自動車王国です。各国の自動車会社は、それぞれの国のニーズを反映した個性的なクルマで市場を押さえています。
 そういう中で日産は新参者でした。アメリカのとき以上に条件の厳しい欧州に進出する際も、エンジニアは現地の人材を最大限活用しました。

 独自日本流の暗黙知主導の開発スタイルをNETC流に再構築していくうちに、英国側エンジニアからの有益な気づきが生れてきました。

(p136より引用) 「グローバルに開発するためには最低限の形式知は必要なのです」。そしてチームワークと現場重視で暗黙知を伝え合い、官僚主義に陥らずにスピーディに開発を進めていくやり方を模索していった。

 また、上流・下流の工程の壁をつくらない検討方式も、スムーズな開発推進に大きく寄与しました。

(p136より引用) 「フレームワークをみなでワイワイガヤガヤと検討することに価値があるのです。マニュアルのようになってしまったものでは生きてこない。フレームワークを考えるプロセスでみなの知恵が出ます。またフレームワークだけであれば、その都度、中身をどうするべきかを発展させられます。マニュアルでは固まってしまうのです」

 こういったワイガヤの検討が機能するには、メンバ間の関係性の濃さがその前提条件として必要となります。

(p189より引用) すり合わせにおいては、一緒に仕事をするメンバーの「関係性」が重要になる。参加するメンバーの①暗黙知の質、②その共有度合、および③どのような方向で知をすり合わせるのかの文脈、この三つを総称して「関係性」という。

 この濃密な関係性に基づく知恵の綜合は、これからの市場で求められる商品作りの大きな力となります。
 著者たちは、「モノづくり」から「コトづくり」というキーワードで今後の市場の動きを指摘しています。

(p190より引用) デザイン、ソフト、サービスなどを総合してモノに込め、消費者にその商品を使用する場面の価値を訴え、ストーリー性や意味づけを与えるような、経験価値の創出を「コトづくり」という。

 高くても買いたくなるようなワクワク感のある商品です。そういった「コトづくり」を重視すると、市場との対話力が益々重要になってきます。

(p192より引用) これまで重要であったモノづくりのすり合わせの次元を超えて、「コトづくりの面での知の綜合」が必要になる。

 著者たちは、本書で、日産の「グローバル開発体制」の構築を材料に「日本発のグローバル知識綜合のしくみ」を提唱しています。

(p194より引用) アメリカ流の透明性を求める風土と、欧州流のきちんとしくみ化する気質が、日本のNTCの多分に曖昧で暗黙知的なしくみを鍛え、グローバルに共有できるものに普遍化することに役立った。

 この「知識綜合」は、「ほどよい形式知化」でプロセスの大枠を規定し、「濃密な信頼関係」の中で暗黙知の共有による共創を生み出していきました。

(p204より引用) この「ほどよい形式知化」と「濃密な関係性づくり」というエンジンが日産流のプロセスとして、埋め込まれたことにより、グローバル知識綜合は起動していった。・・・日産が構築した知の綜合化のエンジンとは、とりもなおさず、世界中の「多様な知」を手に入れ、それをマネジメントしきる「多様性のマネジメント力」に他ならない。

 本書で取り上げた日産のグローバル開発体制の構築の取組みは、ひとつの「日産ウェイ」の発現でした。それを著者たちは、「思いのある実践主義(思いとプラグマティズムの融合)」と名づけています。

(p209より引用) 合理的発想と自然な判断で、方向や道筋を決めたら、後は実践あるのみだ。・・・
 実践から得られる暗黙知を通じて、計画を微調整しながら一歩ずつ大きな思いに迫っていく。

 思いをひとつにして「走りながら考えるプロセス」です。
 ここでのポイントは、まずは「走り出す方向」です。これを定めるための基準は「合理性」という尺度です。そして、スタートは「現場」です。常に現場と向き合って諦めることなく成功するまで喰らいついていく姿勢。

 こういう行動様式は以前から日産にはあったといいます。
 山下氏がNTCNA社長在任中に4原則としてまとめ、その発展形が現在、開発部門の日産ウェイとして形式知化しています。

 最後に、本書は、「知識創造」という観点から日産の事例を研究したものですが、同じような問題意識でトヨタを分析した「トヨタの知識創造経営」という本もあります。



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