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今「旅に出る」と言いにくい空気

私は、仕事を休んで旅に出る時「旅に出ます」と報告はしない。
有給休暇を取るときに職場に理由を伝える義務はないからだ。一応役職についているのだから休暇中どこにいるのか連絡のつく状況なのか伝えておくべきだと言われたこともあるが、そんなの関係ねぇとオッパッピーな感じでスルーしてきた。だってサハラ砂漠にいますとか言ったって仕方ないし、連絡がついたところでどうしろと言うのか。
その代わり、私がいなくても、私に連絡しなくてもやれるようにかなり細かな申し送りと緊急時の対応の指示をマニュアル化してそれを置き土産に休みに入っている。このマニュアル作りが大変で休みを取るのが嫌になるくらいだが、長期休みをとるためだから必死に抜かりないようにつくる。
そして、「スティーブ・ジョブズが死んだってApple社は潰れてないんだから私一人いなくても世界は回るよ」とみんなを励まして休む。ジョブズと自分を並列に語る浮かれポンチな勘違い上司は休んでくれて結構ですよ、とみんなは思っているかも知れない。まあ、真実だからそれでいい。
私は、何十枚にも渡る業務上の緊急時の指示書と有休届だけを残して姿をくらませ、どこにいるかよく分からない状況で3週間ほど休んでいたと思ったら、よく分からない国の文字が書かれたチョコレートの箱を1つ持って少し日に焼けてはいるが何食わぬ顔で久しぶりに出勤してくるような人間なので、「旅に出ます」と職場の誰かに言うことはほぼないのだけど、昨今の社会状況で、誰かに「旅に出る」とは言いにくいよなぁ、とさすがの私もそう感じている。

新型コロナウイルスのせいで、休みの間、何しようと勝手やん、と開き直るのは難しい状況になっているのだ。もしも万が一発熱なんかした場合、どこで誰と会っていたかを発表しなければならないし、プライバシーだとか言っている場合じゃない。
これまでも私は「伝染病が蔓延しているような国に行くとかではないよね?」と休暇前に遠回しに上司に聞かれることはあったが、「大丈夫ですよ」と根拠のないセリフでそれ以上聞くことを制止してきたが、そうもいかなくなる。
現在は海外に行かない(行けない)ということが分かり切っているが、それでも「9連休とる」と伝えると、職場の人たちは初めて私に「海外に行くとかではないですよね?」「どこに行くんですか?」「今、旅行に行くの?」「ええ?どこに行く気?」とことごとく聞いた。
「ちょっと夏休みとるだけです」と旅とは言わずに曖昧に答えたが、1人からは「さすがにこんな時期に旅行なんて行かないよね」と釘をさすかのように言われた。まあ世界中そういう空気だ。
一緒に暮らしていない家族の1人にも「どうして今どこかに行こうとするん?」と苦言を呈された。まあそう言われるか。
毎日、睡眠不足とストレスを抱え、満員電車に乗って、薄っぺらい通気性抜群のマスクをして仕事をし、食事時は密な環境でマスクを外して喋りながら大勢で食事をとる日常生活。
自分の健康と消毒に十分過ぎるくらい注意を払っている人がカーテンで区切られたガラガラの高速バスに乗り、少し密ではあるがケーブルカーに乗って山に登り誰も周りにいないキャンプ場にテントを張って6日間ほどほとんど人と話さずに過ごす。ウイルスからもストレスや不安からも解放された旅での日々。
これのどちらがコロナから身を守れているかはおそらく皆が分かるはずだが、今は、絶対に声を大にして「旅に出る」方が安全だとは言えない。現に沖縄では一気に感染者が増えた。大阪や東京からの旅行者が多いからだと想像する。こんな状況じゃそりゃGOTOトラベルは批判される。私だって旅先で大阪から持ってきたウイルスをまき散らす存在になりたくない。自分はコロナじゃないと考えるんじゃなくてコロナかもしれないからうつさないように気を付けて行動しようという考えも十分理解し行動しているつもりだ。
その上で、私は日常と旅のどちらが健全で安全かを自分で考えて決めた。
誰に批判されても別にいいやと思ってしまったので、無責任で身勝手な行動だと言われるかもしれない。しかし、何もかも自粛したら、私の心は新型ストレスウイルスに侵されてしまうと判断したので、消毒や飛沫を飛ばさないこと、ソーシャルディスタンスを徹底して旅をすることは、私の心の救済措置だった。

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なんていう、
もっくんもびっくりな永い永い言い訳を(言わないにしても)心の中に用意しないといけないのも面倒だし、人からの批判を受けることを防ぐことはできるがコロナを防ぐのには効果が薄いと分かりつつ、通気性のいいマスクをつけている白々しさも面倒だ。いくら人の目を気にしない私でも、周囲に不安を与えないように通気性抜群のマスクをつけて生活している。
通気性のいいマスクをしながら旅に出るけど心の中でいっぱい言い訳をする。
旅先ではコロナが蔓延している大阪からウイルスを持ってやってきたテロリストと思われないように大阪弁を控えて少し気取った話し方をして身を隠す。
監視されているかのような世の中のピリピリした嫌な空気がコロナウイルスよりも感染力が強い気がしている。
自分が自粛警察のターゲットにならないようにおどおどして生きるのは嫌だが、自分の身を守りつつ、他人を厳しく監視する側に罹患しないように、いつでもフラットでいたいし、いつだって自分で考えて正しい判断をしたいと思う。そしてそれが独りよがりにならないように気をつけたい。
「旅に出る」と口にすることが、ゲシュタポに弾圧される言葉にならないような世の中に戻ってほしい、と今は身を隠しながら願う。



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