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短編連載小説 長い夜6

次の日も朝から暑かった
祖父母には昨日の夜に、護と理科研究の石拾いに
大川まで行くことを伝えてあった。

聡は数名しかいないラジオ体操が終わると、珍しく真っすぐに家に帰った。
祖母は朝から忙しそうにタオルのミシンを踏んでいた。
それでも麦茶と梅干入りの握り飯5個持たしてくれた。
暗くなるまでには帰って来いよと顔をあげて言った。
祖父に大工の仕事が来なくなってから、
祖母はタオルのヘム縫いの仕事を増やしていた。

理科研究というのは全く嘘ではなかった。
共同研究でも、万博の感想をまとめたものでもいいから
9月1日に、
自由研究を提出するように終業式の日に担任から言われていた。
自分達の自転車旅行に都合の良い口実が出来たと、聡は得意げだった。

午前8時。上村の小学校を出発。
護が道案内をする。隣町に行くには2通りの方法があった。
ひとつは峠越え。距離は短いが、道は暗くてデコボコだ。
もうふとつはいったん今治市まで下って、
そこから大川を遡り、ダム湖に向かう方法だ。
当然石を拾うので2番目の方法で行くことになった。

問題がひとつあった。
護にしても葛川へはバスを乗り継いでいくので
自転車だとどれくらい時間がかかるのか
全く見当がつかないということだった。
しかし、ふたりとも直ぐに時間のことなど忘れていた。

まずバス道路を市へと走る。昨日来た中学校を通り過ぎ
役場も大きな寺も通り越し、村と市の境まで下ってきた。
そこに立つと海とその海に流れ込む大きな川が見えた。
その川を目指し、2人とも必死でペダルを漕いだ。
頭から汗が流れ、走るとその汗が風に飛び散った。
なお漕ぎ続けるとやっと川までたどり着いた。

河原に降りて、石を拾う。なるべく小さいものにするよう護に言われた。
帰るとき、重くなりすぎると困るからだそうだ。
海に違い河原の石はどれも角が取れて丸く、
よく観ると、黒やグレーやピンクの小さいつぶつぶが輝いていた。

「これって花崗岩だよね。一学期の授業で習ったやろ?」
護は嬉しそうに振り返った。聡は返事に困っていると
「ごめんね。聡ちゃんは石なんかに興味がないよね。
僕はね。同じ日本なのに、
場所によって石の種類が違うのがとても面白いんだ」
「ほうか、僕にはよく分からんけん、理科研究は全部お前に任せるよ」
そう言いながら、護の肩を叩いた。
護は河原の石を拾い上げては虫眼鏡でみて、丹念に選び出し
その場所で五個の石を取り上げて自分のリュックに入れた。
聡はそんな護を横目で見ながら、平べったい石で段飛ばしをしていた。

2人はその後も、川伝の道を上流へ向かい、
小さな川が流れ込む地点で河原に降りて石を拾った。
別の山から水が流れ込む場所には、種類の違う石があるかもしれないと
護は嬉しそうに目を輝かせた。

手作りの地図を広げ、石を拾った場所に赤鉛筆で印をつけた。
そうやってついに大きな分かれ道がやってきた。
川は諦めて、ダムへの長い登り道を選んだ。
その向こうに護のじいちゃんの家があるからだ。
ギア付きの自転車だったが、その坂の長さに途中で降参し
最後は自転車を押して上がった。水稲の麦茶もすっかりなくなった。

長い坂を上りきり、緩い下りと上りを繰り返し、
ようやくダムの高い壁までやってきた。
ダム湖は深緑色の水を湛えていた。
幾艇か細ながいボートがダム湖を滑るように走っている。
聡は随分遠くまで来たような気がした。

新しくできたダム湖の公園で水稲に水をいっぱい入れ、
もたせてくれたおにぎりを食べた。
おにぎりは5個だったので2個半ずつ分け合って食べた。
護はどこへ行くのか母親に伝えずに来たのだろう。

      第7 長い夜につづく

今回もみもざさんのイラストを使わせていただきました
ありがとうございました

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