よこの表紙

【書評】個人的な記憶が掘り起こすもの――パンクなコミック作家が描く1982年、スウェーデンの冬(よこのなな)

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タイトル(原語): Aldrig godnatt
タイトル(仮): おやすみなさいなんて言わない
著者名(原語): Coco Moodysson
著者名(仮): ココ・ムーディソン
言語:       スウェーデン語
発表年:   2008年
ページ数:  208ページ
出版社:   Kartago Förlag

 初めてスウェーデンに足を踏み入れた90年代半ば、マンガについての記憶はない。それから5年ほど後、2000年代の初め、擬人化されたオスのイヌが主人公の4コマが人気だったが、かわいめの絵柄でかなりマッチョな世界観が広がっていた。スウェーデンのマンガってこんなのしかないのか、と思っていた。

 それから数年後、北極圏で中学生に言われた。「読んでるんだ、ドーインシ」 え、DOJINSHI、つまり同人誌?! 小さな売店にも日本のマンガが並んでいた。マンガ文化が変わってきている?! それからさらに10年。日本のマンガに憧れて来日したスウェーデンの作家がいる一方、スウェーデンでは女性の作家が活躍し、幅広い作品が出版されている。日本でも昨年、リーヴ・ストロームクヴィストの『禁断の果実』が翻訳出版され、話題を呼んでいる。

 1978年生まれの人気作家であるストロームクヴィストが、インタビューで名前を挙げていた数少ない女性のパイオニア、それが本書の著者ココ・ムーディソンである。ココは1970年生まれ、2002年にデビューしている。

 主人公は、もうすぐ13歳になる女の子ココ、舞台は1982年12月のストックホルムである。ココと親友のクラーラは9歳のときにフォークダンスのレッスンで出会い、すぐに意気投合して仲良くなった。そしてクラーラの姉マチルダも加わえた3人でバンドをやろうと思い立ち、楽器を買おうと奮闘する。ある日、ココの姉が持っていたTHE CLASHのレコードを聴いた3人は「パンクしかない!」と思い、髪を切り合ってツンと立て、パンクロッカーとなる。それでもバンドをやるには楽器もないし、お金もない。そもそも楽器を弾けるわけでもない。情熱があればパンクはやれると信じ、楽器を借りてどうにかバンドを始めた3人だが、人生はなかなかうまくいかないのだった――。

 というような形で、音楽と友情、恋への憧れを中心に、少女たちの1ヶ月ほどの悲喜こもごもを描いた本書は、作者の自伝的要素の強い、瑞々しさにあふれた、しかしなかなかシビアで苦い青春日記のような作品である。

 日本のマンガに慣れた目で見ると、ムーディソンが描く絵は勢いがあるが、非常に個性的である。誰だって語るに足るものを持っている。だから、特段テクニックがあるわけじゃないけどわたしも語りますよ。一見そんな感じを受ける。だが、よく練られた画面構成、巧みなストーリー展開で読者を一気に引き込んでいく確かな実力がある。

 本書ではさまざまな対比が描かれる。たとえば、ラブソングとプロテストソング。たとえば、市街地と郊外。男子パンクバンドが住む郊外の団地で、市街地出身のココたちは「いかにも郊外だね」とつぶやくものの、エレベーターに驚き、高層階からの眺めに感嘆する。郊外男子たちは、街の石造りのアパートを「古くさい」と揶揄しながらも、案内された屋根の上は確かに居心地がいいと言う。

 登場する家族もさまざまだ。ココの両親は離婚している。恋多き母親は、普段は娘たちがひとりで食事をしていることに気付いてもいない。けれども、別れた夫が来たときだけは家族全員での食事や散歩にこだわる。家族が集う日であるクリスマスイブ、ココの家では行き場のない大人たちが集まったパーティーが開かれる。ココの母親の友達であるゲイのカップルにクラーラは驚くが、ココにとって彼らはごく自然な存在だ。

 価値観の違いも示される。平等でよりよい社会を目指す活動に参加するココやクラーラは、クラスでも街中でも浮いた存在だ。一方、チェーンを巻き付け「くたばれ、ブレジネフ、レーガン!」と叫ぶパンク男子は、「ブレジネフはもう亡くなってるよ」と言われても「あ、知らなかった」くらいしか言わない。ファッションパンク上等。そして彼らはモテて、ココはおそろしくモテない。

 本書はごく個人的な青春録のようでありながら、スウェーデン社会の歩みを捉え直す試みとしても読むことができる。社会変革の大きな流れがあった時代が終わったが、ココの母親たちの行動はいまだヒッピーめいている。でも世間ではどこかシニカルな空気が流れている。福祉国家のスウェーデンでも1982年末という時代の空気はこんなだったのか、いやもしかしたら70年代だって実際はこんなふうだったのかもしれない、という気さえしてくる。

 同時代を過ごしていても同世代であっても、興味や関心、住む場所などによって、見えている世界というのはかくも違うものだ、ということを本書は教えてくれる。作者の好きな世界、よしとするものがはっきりと見えてくる一方、その周りにいる他者や異なる価値観の存在も浮かび上がってくるのである。そこが違いを尊重する北欧らしいのではと、わたしは思う。

 ちなみに本書はココの夫ルーカスにより、設定の若干の変更を加えて2013年に映画化されている。映画版タイトルは「ウィー・アー・ザ・ベスト」、東京国際映画祭でグランプリに選ばれたものの、日本での一般公開はされていない。

--------------出版社から許可をいただいたので、本文を少し転載します。

【32頁】3人は借りてきたTHE CLASHのレコードを聴く。2コマ目では「は? パンク? なに?」と言っていたのに、5コマ目では「もうパンクしか聴かない…!」「人生最高の日だよ…」とぐすんぐすん涙する少女たち。

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【33頁】そしてとりあえず髪を切ってみた。「色も染めなきゃ」「え?」

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【34頁】「え?」とか言ってたのに、染まるのを待ちながら思うのは「あと7分すれば、新しい人生が始まる…」で、洗ってみると「すっげーいいじゃん!」。

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--------------映画「ウィー・アー・ザ・ベスト」予告編

Nana Yokono

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次回5月22日(水)は久山葉子さんがスウェーデンの本を紹介します。どうぞお楽しみに!


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