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「事後対応や予防」をめぐる、広報の板挟み

こうやってnoteを毎月書き始めてそろそろ5年。最近は広報外業務も多くて、直接的に広報に役に立ちそうな言語化が減ってきて、諸々の事情などもありnoteを書くのもかなり大変なのだが、今回はちょうどよい気づきがあったので書き残しておく。


対応するそれは「予防」か「事後」か

各社の広報の目的や考え方にもよるが、広報が向き合っている課題や対応は、何に向けてやっているのか1度考えてみるとよいのでは、と気づいた。

個人的には以下があるように思えている。

  • 発信内容をマネジメントし、レピュテーションリスクを下げるための「予防」

  • 何かしら起こっている社内の課題にコミュニケーションで対処する「事後対応」

  • これら以外にも、あまりネガティブな想像を先に行わず、今の最善を尽くす意味で「とりあえずまずやってみる」というのもある

大概の場合、経営課題に終わりはなく、その手法としての広報であるので、広報課題に終わりはないものとは考えているが
短期的に切り取る場合には、「とりあえずやる」「予防」「事後」に分けられており、それが脈々と繋がって積み上げて成果になるイメージで捉えている。

その背景で、広報担当が人知れず挟まれて苦しみやすいポイントについて今日は言語化する。


視点の違いに伴う見え方と対処の違い

「とりあえずやる」「予防」「事後」で施策を考えた時に、「とりあえずやる」を誰よりも率先してやっているのは経営者・社長だ。
自分が全ての責任を負い、予測不能なことであっても何らか判断し、進んでいかなければいけないため、「リスクヘッジも先に多少するけれど、それよりまずはやる」「もし何かが起こったとしたら、後でリカバリする」というのを基本に考えている。

一方、経営者ではない下の人は、多くの場合かつて誰かがやっていた仕事を引き継いでやっている。「切り出された」仕事であったり、引き継ぎの過程で誰かに体系的に整えてもらった仕事であったりする。
それゆえに予測可能なことをやる側面が強く、起こりうることは(かつて経験したことのある人を中心に)大体想定できてしまう。結果、スキルアップの観点もあって「問題が起こらないように」という予防を重視して作業する。

このように、立場の上下でやっている仕事や考え方に差が出てくる。それだけならいいが、役割が違うことで重視する観点にギャップが発生する。このことにより、上司と部下の信頼関係に影響している場合すらありそうに思える。

例えば以下のようなギャップだ。

上司は「やってみないとわからないのだからまずやろう。もし失敗したら部下に指示してこう解決させていこう」

部下は「自分の視点で見えるところは予防をしてきた。だが、上司はやってみないとわからないと言うし、やってみることありきなので、なるべく予防に努めてきたところは細かく見てもらえない。予防しないとリカバリで私の仕事が増えるのもそうだし、何か起こったら最前線で私が対応するのに」

専門性があるとなおさら、プロセス管理までできることにより予防などにも視点が向くため、体当たり思考はストレスに感じるはず。特に予防志向の強い人にとって。
経営者は専門分野外も目を配り、決断をしていかねばいけないので、専門性がないものもあるだろう。専門性がないということは、プロセスがわからず、要は体当たりになる。
こういうギャップは社内広報や人事観点で起こっていると思う。


広報ならではの板挟み

上司と部下でこれだけ起こるギャップについて、広報職の話になると他の視点も追加され、さらにややこしくなる。

予測不能で炎上したら余計な仕事が増えてしまうこともあって、事例研究をしておいたりリカバリ方法をいくつか持っておいたりすると、「予防」の視点はどんどん強くなっていく。
先述の通り、「経営課題に終わりはなく、その手法としての広報がある」ため何かの課題に「事後」で対応することも日常茶飯事だ。

この通り、広報では「予防」「事後」両方が必要になってくる。
広報のスキルを極めれば極めるほど、「予防」「事後」の視点が強くなっていき、何も考えずただ「とりあえずやる」ができなくなっていくように思う。

また、社長が上司になることもかなりの確率でありえる。
体当たりな考え方を持つ経営者・社長が上司であると、より一層、広報との関係や評価などで溝が深くなっていくパターンがありそうだ。

さらに言うと、以下要素も関係しており、かつ根深いものだと思える。

  1. 広報には正解がない(はっきり提示できる勝ちパターンやセオリーが他分野より少ない。セオリーがあっても作業レベル単体のものばかり)

  2. そして正解がないからこそ体系化された提示や説明が求められる

  3. 評判などは基本的にコントロールできないものであるからこそ、過程(作業など)においてはできうる限りコントローラブルであることが求められる

正解がないことに対して「これでいいのか」と経営者・広報お互いに不安を覚え、体系化された説明を求められることにより広報の理論武装が捗り、コントローラブルを求められることによりどんどん「予防」「事後」の視点が育っていく。
これらも拍車をかけていると思える。

広報という立場だと、知識がつけばつくほど、何もわからずがむしゃらに「とりあえずやる」は手段として取れないし、その一方で「とりあえずやった結果起こったリスク等への対処」は当然に求められる。
総合的に「とりあえずやる」の重要性も理論は全て知った上で、「予防」「事後」のプロフェッショナルになっていき、自身としては「とりあえずやる」方向性はできず、それを是として評価等している経営者とのギャップに苦しむのでは、と個人的には予測している。


このメカニズムの上でどのように、広報の体制を作っていくかは経営者・社長と、広報担当者の努力にかかっている。
私自身もこの渦中にいるところだ。自分の力不足も大いにあるが、考えを深める中で今回言及したような発見に至った。
現在、広報の属人化についても対応・思案しているので、発見があればまたまとめたい。


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