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誰かの推しになることの「さらなる」大事さ

冬になり、感染症拡大の第三波が押し寄せる中、先日の連休は大変久し振りに近隣県まで足を伸ばした。

今夏、初めて都内ホテルでステイケーションをして(ステイケーションという言葉もその時初めて知った)今ならではの感じもして意外と楽しめたが、都会から離れてのリフレッシュはやはり空気が違うように思い、家にばかりいる状況なのでとても有意義だった。
(ことわっておくが、普段は夫婦で在宅勤務、お互い出社の方が稀でほとんど外には出ない。私も1ヶ月以上会社に行っていない)

GoToおよび、都内から行きやすい場所なのもあってか、人はそこそこいた。

評判そうなお店のランチタイムに滑り込み、パスタランチをいただく。閉店間際でごはんがなくなったとのことでパスタランチしか選べず。感染対策として席の間は広く取られており、安心してランチをいただけた。

ラストオーダー後にも何組かのお客さんが、知らずに入ってきていたが断られていた。席がもっと作れていれば、回転はよかったはず。
空いた席から、店員さんがテーブルだけでなく椅子を含めて拭き掃除をしていた。
繁盛していそうなお店でも、コロナできっと大変なのだろう。

私は幸い、場所に関係ない仕事をしており、どうやら業界的にも影響が少ないと言われるところで仕事をしている。しかも会社の文化もテレワークに慣れているため、在宅勤務になってもほとんど困っていない。とても恵まれた環境と言える。

そんな自分ができることはなんだろう。旅行中に深く考えた。

「推しは永遠じゃない」という常識へ

ごはんを食べるのも、ホテルや旅館に泊まるのも、好き。旅行も好き。これまで行ったところで、また行きたいところがたくさんある。
でも、フルタイムの仕事をしているし、身体はひとつだし、お金も限られている。

そもそも、「いつかまた行きたいね」と言っていたお店は既にいくつかなくなった。閉店を後で知ったり、閉店までに予約が取れなかったことも。
そして、この度の感染拡大に伴い、よく行く飲食店から休業や営業短縮のお知らせがいくつかあった。テレビで他の飲食店が「協力はしたいが、かき入れ時なので困る」などと苦悩している姿を見るたびに、そのお店はどうなんだろうと心配になる。

そんなことを思い巡らせると、限られた自分の時間とお金を、どこに使うかという話に思えてくる。
あれ、そういえば仕事で、私は経営のサポートをしていたから知っていたはずだった。ぼーっとしていれば会社は続けていけない。だから続けるために、社内へ必死で働きかけていたのではないのか。

そして改めて認識した。「推しは推せるうちに推せ」なのだ。推しのお店も推しのブランドも、永遠ではないのだ。
すなわち、その店やブランドを推しているなら、そこにお金を使うべきなのだろう、なくなるのを避けるために。

お金は「推し」に流れていく

逆から言えば、お店やブランドはどれだけの人から「推し」と思われるか、なのだ。誰にも推されないなら、そこにお金は流れない。
コロナによって、これまで以上に「推しが永遠ではない」ことを消費者は知ることとなった。そして消費者のお金は「推し」から使われるはずで、それがどんどん顕著になっていくはず。

広報などで自分が手がけているブランドは、果たして誰かの推しになれているか。推してくれている人数はどれだけいるか。そんなことが問われている気がする。

さらに言うと、ブランドは「見ただけで(体験前に)期待が沸き起こる状態」なのだろうと、以下記事を読み、改めて噛み締めている。要は、聴いた後で買うのではなく、「この人だから」として聴かずに買うのがブランド、ということだ。

まずは既存顧客に推され、選ばれること。その顧客の他の推しよりももっと、推してもらうこと。
そして既存顧客からの期待値が、まだ接点のない新規顧客に「期待できるよ」と伝わるようにすること。口コミやSNSポストなど。

こうやって、ブランドが持つ期待値がちゃんと新規顧客にまで巡っていくようにしなければならないのではないか、と思う。

自分が手がけるブランド(所属先の商材など)も同じ考え方でこれから進めていかなければいけないし、私自身も職業人として「何かやってくれるだろう」ブランディングを深める必要性を感じている。

それだけでなくいち消費者としても、きっと推し(店やブランド)への気持ちをコンテンツで、そしてお金などで、伝えていかなければいけない時代だ。正直まだまだできていないことだらけだが、この気づきがまず成長のような気がするので、一つずつ乗り越えていきたい。

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