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この体をつくる全細胞が多分今日に、全力で恋してた

*この記事はg.o.a.tで執筆している記事の転載です*

19歳の頃。
なじめない教室で、窓の外ばかりみながら、もどかしい想いをかみしめていた、あの頃。
何を考えていたのかなんてとっくの昔に忘れてしまったけれど、
今と変わらず、ずっと、海の向こう側に行くことばかり考えていた。

あの頃のわたしが今のわたしをみたら、「10年も経ったのに」と笑うだろうか。

今すぐ過去にもどれるなら、教えてあげたい。10年後のあなたも相変わらず、空ばかり見てるよ。

真っピンクのバックパックを背負い、わたしは、終電間際の田園都市線に駆け足で乗り込んだ。
読んでいた深夜特急の3巻を閉じて顔をあげると、遠慮がちにこちらを、チラチラと盗み見ている大人達と視線が交わったが、まるで見てはいけないものを見てしまったように、さっとみんな、顔を背けていく。

確かに平日の終電に、こんな風情の金髪が乗り込んできたら、わたしだって熱い視線を送ってしまうだろうと、電車の窓越しに映る自分の、前にも後ろにもカバンを背負った大げさな姿になんだか笑いがこみ上げてきた。

いよいよだ。いよいよ、わたしはまた、1年半ぶりに長いようで短い、ちいさな冒険にでかける。

はじまったばかりなのに、スタートしてしまったことがなんだかもう寂しいという、我儘な感情の矛先がわからず、一先ずiPhoneのメモ帳に、その気持ちごとパッキングした。

ずっしりと肩に食い込む重みが、懐かしい。
サブバックを前に背負っているせいで、足元がみにくい。
駅の階段を駆け上がる時に、モロッコの道端で、それはそれは派手に転んだことを思い出す。

田園都市線から、成田空港へと向かうために渋谷駅で乗り換えた。
真夜中だというのに、1歩1歩進むたび、踏んだ足の下から陽気な音が流れてきそうなほど、
わたしの足取りは軽かった。

成田空港に降り立ったのは、真夜中の1時をちょうど回ったころ。
大崎駅から乗ったバスが、第2ターミナルで止まる。
わたしを含め、4人ほどの女性が、大きな荷物を引きずりながら、電気の消えた道を歩いていく。

カバンを枕に眠るひと、Youtubeを観ながら夕飯をとる人、床で寝袋にもぐる人。
かろうじてひとつだけ開いている自動ドアをくぐると、ベンチに、朝を待つ旅人たちの残骸が、そこかしこに横たわっていた。

しまった。
今日は金曜日だったか。
もしかしたら、わたしが朝を待つ席は、もうないかもしれない。
そんなことをブツブツ頭の中で巡らせながら、それすらもなんだか、楽しく思えてくる自分に、おどろく。

旅のはじまりはいつだって、ちょっとのワクワクと、興奮と、喉を奥につっかえて、なんだか息が苦しくなるような、そんなおおきな苦い不安で包まれている。

はずなのに。
旅のはじまりが、こんなに軽やかだなんて。

多分わたしは、自分が思っているよりも、この少しだけ長く旅にでることを、ずっとずっと、体全体で楽しみにしていたのだ。心の奥底にある、不安を弾き飛ばしてしまえるほどに。

わたしをつくる全細胞たちがみんな、今日のこの日に、全力で恋をしていた。
そんな形のない、わたしの想い人と、やっと、向き合う日がやってきたのだ。

大げさかもしれないけれど、たぶん、本当にそうなのだ。

ふと目にはいった時計に目をやると、どうやらフライトまでは、あと7時間近くある。
まずはタイの、バンコクへ。たった1日だけしか滞在しないけれど、それでも、1年前にわたしをあたたかく迎えてくれた、大切な場所だ。

わたしは軽やかな足取りで1階までエスカレーターを滑らせると、ちいさく、くるりの「ハイウェイ」を口ずさんだ。

僕が旅に出る理由はだいたい百個くらいあってひとつめはここじゃどうも息も詰まりそうになったふたつめは今宵の月が僕を誘っていることみっつめは車の免許取ってもいいかななんて思っていること - くるり / ハイウェイ

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