眠れない夜は、マシュマロを浮かべようか。
今度眠れない夜が来たら、やることは一つと決めていた。
マシュマロが食べたい。
欲を言えばトースターで軽く焼いて食べたいけれど、「チーン」という軽快な音で家族を起こしてしまう訳にいかないので今回は保留だ。
次に眠れなかった日のために、と買っておいたマシュマロを取り出す。
レトロポップなパッケージは、スーパーに並んでいるのを見るだけで心が躍る。
買ってから数日、まだ明るいうちに封を開け、待ちきれずにいくつか食べてしまったことは内緒だ。
親しい人に1本だけ分けてもらった、スティックのカフェインレスコーヒーを淹れる。
先日あれだけノンカフェインの豆を買うと決意したのに、未だに買っていなくてお裾分けの一本に頼りきりなのは反省すべき点だ。
マシュマロのパッケージには「ホットドリンクに浮かべておいしい!」と赤いポップな印字。
それを見た私は、これからやろうとしていることに大きな確信を抱いた。
注いだアツアツのコーヒーに、マシュマロをひとつ、ふたつと浮かべていく。
いくつ浮かべるか迷ったが、パッケージのお手本に習ってみっつ、浮かべることにした。
浮かべると、すぐに表面が溶け出してふわふわだった表地がつるりとしてきた。
既に美味しそうで我慢ならないが、よく耳を澄ませるとしゅわしゅわ、と微かながらに音がする。
マシュマロの溶ける音だ。
夜、何もない静けさが、その微かな音を確かなものにしてくれる。
徐々に形を保てなくなるマシュマロが、コーヒーとの境目を失っていく。
じわり、じわり、思った以上に時間がかかるが、別に何にも急かされていないのでじっくり待つ。
やがてコップの表面がマシュマロで覆われた。
これで完成、と一口飲むと思った以上に熱い。
先に流れ込んできたのはコーヒーで、苦味が口の中いっぱいに広がる。
マシュマロの部分がなかなか飲めず少し苦戦したけれど、やがて舌先にやさしい甘みがふれて心から安堵した。
ホッとする、少し懐かしい味。
実は職場でも、私はよくマシュマロコーヒーを淹れていた。
"やさしいコーヒー"の記事に書いた通り、インスタントコーヒーを毎日のように飲んでいたのだが、
苦味に耐えかねてマシュマロを浮かべて飲む日も少なくなかったのだ。笑
そのときはマシュマロが溶ける音がするなんて知らなかったから、今日知ることができてよかったなと思う。
休まなければ見えない景色がたくさんある、と感じるようになった。
それは甘えなのかもしれないし、許しがたいと思う人もいるのかもしれない。
けれど味覚が一人一人違うように、"しんどい"の感覚が人それぞれだから起こることだと思う。
私はマシュマロが大好きだけれど、こんな甘ったるいもの食べられるかと嫌う人もいる。
きっとそれでいいのだ。
すべての人と分かりあうことはできなくても、近い感覚の人と一緒に楽しめばいいのだし、
ときに異なる感覚の人との交流の中から学ばせてもらえばいい。
私の好きも、嫌いも、楽しいも、しんどいも、
それが誰かと違っていても、そのままにしていいのだ。
いや、きっとそうでなきゃ。
マシュマロと一緒に溶け出した思考が、少しだけ溜まったフラストレーションを垂れ流しにする。
マシュマロのパッケージをクリップでパチン止めて、今日はここまで、と自分に言い聞かせた。
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