【短編小説】紅茶の湖
君といると、疲れる。
君は無邪気で身勝手で、自分のことを聖女か純真無垢な少女だと思ってる。
君は僕に何を見てるの?
君が作りあげた僕は、いつも僕と対極の位置に立っているね。
僕なのに、あれは誰?
もう、わからない。
「由央くんはね、特別なの。真っ白な世界にいるの。私のこと包み込んでくれる。はじめて会ったとき、やっと逢えたって思った。
由央くんと一緒なら、私はきっと、どこへでも行けるの」
そう僕の耳元に語りかけて、ぎゅっと僕のことを抱き締める。
僕は君の長い髪を撫でる。
「大好き。由央くん。」
君のこと、好きだよ。
君はかわいい。
純粋なものしか受けつけなくて、繊細で。
君の優しい言葉はいつだって凶器だ。
僕が進もうとする道の、芽を根こそぎ摘みとっていく君。僕が進みたい道を全て否定していく君。そのあと注ぐ「応援してるよ。愛してる」の言葉。
僕の言葉を踏み潰していく。
応援してるなら、どうして芽を、僕ごと摘みとって鉢に植えるの?
植えつけられて動けない僕を鑑賞することが、君の幸せなの?
僕とならどこへでも行けると言った君。
けれど
君が示した場所は、あまりにも近すぎる。
別の道に行きたい僕を心配して止めたわけじゃない。
君は僕を支配したいだけで、君の作り上げた世界から出ようとする僕を、いつだって止めるんだね。
君は変わることが怖いんだ。
僕の言葉は、いつだって届かないね。
僕たちの視線が交わっていたのは、最初だけだったのかもね。
君が作りあげた湖で、もう泳げない。
呼吸できない。
君の湖で溺れたくない。
僕は 海が見たい
僕の部屋に置いてある紅茶。僕と一緒に飲みたいからと君が持ってきた。
容器の中でなめらかに滑る茶葉の音が冷たい。
いつだって味がしなかった。味のない液体が、喉から入り込んで僕の細胞に染みこんでいった。
細胞に染みこむほど、渇いていった。むせかえるくらいの香りだけがいつも鮮やかに残ってた。
お湯を沸かして紅茶を淹れる。透き通った枯葉のような色。
携帯電話の画面に君の名前が表示された。君が電話に出てほしいのは、君の物語の中にいる僕だ。
履歴が重なっていく。
君に蝕まれていく僕の携帯のメモリー。君の湖に置いていく。
「ありがとう」も「ごめんね」も、君を縛りつける呪いの言葉になってしまいそうだ。だから、君に伝えるのはやめる。
紅茶の湖に携帯を落とした。
ぱしゃ、と
僕の細胞をカラカラにしてきた湖がみずみずしくはじけた。
紅茶の湖で流した僕の涙は、流れてもすぐに蒸発して渇いてしまった。涙なんて最初からなかったみたいに。
涙はあった。僕はきっと、これからも覚えてる。
僕は君を支配しない。
僕だけは君に支配されない。
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