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冬の寒さを知る人よ

布団の外は厳しい世界だ。

朝の寒さが身体に残る温もりさえも奪っていくのを肌で感じる。季節は確実に冬へと向かっていて、もう肌着だけで歩き回っていた頃のように呑気には過ごせないのだ。空気も水も、トイレの便座さえも冷たくて、触れた途端にみるみると身体の熱は失われてゆく。暖房や温水器が動きはじめるまでの時間は、おそらく冬の1日のなかで最も過酷だ。

まだ暗いうちから寝床を出たら、暖房をつけて冷たい水で顔を洗う。お湯を沸かして、温かいコーヒーを淹れる。卵焼きを焼いて、お弁当に詰めたら、朝食べるトーストを用意する。少しずつ室内が温かい空気と香りで満ちていくのを感じながら、他のみんなが起きてくるのを待っている。そんな、母だけが知っていたであろう冬の朝を、私もそろそろ知りたいと思う。

あの人が2時間前から暖房をつけて作った温かい部屋を、私は布団の外の寒さだと思っていたから、あれがどれだけ恵まれた環境だったのか、あの頃は分からなかった。暖かい布団の外の、厳しい冬の寒さへと立ち向かってゆく勇気を積み重ねた、あの人の日々の努力の賜物が、私の日常だった。自分がどれだけ大きな愛で支えられていたのかに気付く度に、自分がどれだけ我儘で恩知らずだったのかを思い知る。感謝の念は、いつも恥と後悔と共に押し寄せてくる。

いつか私が小さな愛しい命を授かったら、暖かくて愛に満ちた幸福な"あたりまえ"をその子に贈ろう。本当の寒さや孤独を知ってはじめて、人は暖かさや愛の価値を知ることができるのだとしたら、寒さや孤独に耐えうる程に成長するまで、感謝を知らない、愚かな我が子を護り愛し続けよう。母が私にそうしたように。

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