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【小説】五分間診療【超短編】

 この日僕は、四週間前と同じように、小さい鞄だけを持って、近所の精神科へ向かった。型式上は丁寧であるが、やる気があるのか無いのかわからない、何時もの受付係に、診察券と保険証、あと、そうそう、自立支援医療の制度を使う為に役所から貰った手帳のような紙の、その三点を渡して、また、僕は小さな番号札を渡され、待合所の椅子に座る事を促された。患者は、僕の前に既に何人か居た。次々に診察室へ入って、そして、出て、という光景が何度か続き、椅子に座ってから十分も経たない内に、僕の持っている番号札の数字も呼ばれた。何もかも、毎回同じであった。

 番号札の数字…、つまりは僕なのであるが、そうして僕が呼ばれて、診察室の扉を、何かを期待するような心持ちで「あ、お願いします」と言いながら、開けた(これも毎回同じであった)。そして、用意された椅子に座って、鞄を隣の台に置き、やはり何かを期待するような心持ちで、第一声を放つのであった。
「あ、お願いします(これは入口と椅子に座った後との二度言う)。……。どうも、調子が悪くて、ええ、そうなんです、いや、その、僕は、何かを信じているんですよ…。何かを、そう、信じているんです。知っているのではなくて、信じているんです。その何かの根拠を探そうとするんですが、どうも根拠が見つからなくて、でも、確かに、見ているし、聞いているし、触れているし、感じているし、何より、疑おうとすると、途端に疑えなくなると言いますか、だから、信じざるを得ないんです。何も知らないのに、何かを信じているんです…。それが、しんどくて、時折、全宇宙にいきなり放り出されたような、フワフワとも、グラグラとも、クラクラとも言える、感覚になるんです。不安…、と言いますか、その、そういう状態になって、しんどくて、憂鬱で、何もやる気がしなくなって…、その…、え?睡眠ですか?ええ、まあ、普通に、眠れてはいますが、え?運動?はい、散歩には定期的に行っています。でも、その散歩中も、やっぱり、フワフワして、グラグラして、クラクラ…、え?薬?はい、勿論飲んでいますよ。たまに、本当にたまに飲み忘れますが、え?はい、今回も四週間分の薬をお願いします。(ここで医者は、微笑みながらゆっくりして下さいねと言った)ええ…、いや、その、ゆっくり…、はい、ゆっくり、します。すみません、ありがとう御座いました。失礼します。」

 こうして、この日も病院での三十分にも満たない時間が終わるのであった。この日の僕は、この病院へ行くという用事以外に、特に用事らしい事は無かった。なので、この時間は一体何だったのかと思いながら、短い外出を終えるべく、特に理由は無いが、やや早足で自宅へ帰るのであった。

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