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乃井 万
2024年7月28日 08:09
図らずも僕、小畑琉(11歳)は夏休み初日から、古蓮町という田舎にある親戚のおじさん家に滞在している。お母さんの都合によって生み出された世紀の大誤算だ。 友達と遊ぶ約束も、近くの公園で開かれるお祭りに行く計画も、充実した夏休みの計画は僕の予定からすべて消えてしまった。迷惑極まりない話である。 しかもここは暇すぎる。田舎すぎて携帯の電波も入らないし、インターネットもない。今どきそんな場所がある
2024年7月30日 11:14
初めて来た街。 アスファルトやビルの照り返しがない、純粋で清々しい暑さ。稲穂の上を波のように渡る風。 暑さも風に乗ってやってきて、風と共に過ぎ去って行くような心地良さを感じる。 田畑の間を縫うように続く畦道。こんもりと生い茂る森の緑。 その一角に佇む赤い鳥居は、冒険の始まりを感じさせる。 それなのに私、迫沼美森(10歳)は、店番をしなければならなかった。 おばあちゃんは近所の人
2024年8月1日 12:50
なんと嘆かわしい世の中だろう。 部活からの帰り道、お揃いの棒を持って楽しそうに語らいながら歩いて行く一組のカップルとすれ違った。それがこともあろうに小学生らしき男女だったのである。 蝉の鳴き声が四方から聞こえる。 田園風景を吹き渡る風さえ暑苦しいのに、それに拍車をかけてくれる光景ではないか。 自慢ではないが私、谷東真生は中学2年生の現在まで男子と2人きりで歩いたことなど一度もない。
2024年8月3日 10:40
俺は救いの王子様になりたかった。 『誰かがアイスの当たりを出すまで店番をする』 駄菓子屋、羽屋商店のおばあさんと、そういう約束をしている女の子を救出するため、俺は手に100円を握りしめて、アイスで当たりを出すべく戦地へ向かった。 昨日はバニラに敗れて救い出すことができず、軍資金調達のために家へ戻っているうちに、不覚にも他の人に当たりを出されてしまった。 今日はチョコ一択。 今日こそ俺
2024年8月6日 13:34
「琉はそっちを探せ! みーちゃんはあっちだ!」 隊長の大和くんが僕たちに指示をする姿は、本当に生き生きとしていた。 今僕たちが何を探し、なぜ探すことになったのか順を追って説明しよう。 それは僕がおじさんの家で収穫されたトウモロコシをご馳走するため、迫沼美森ちゃんを訪ねて駄菓子屋さんに行ったことから始まった。 その日、美森ちゃんと遊んでいた大和くんとは初対面だったけれど、誘ったら来てく
2024年8月10日 21:59
おばあちゃん家に来る前に、夏休みの宿題はだいたい終わらせてきた。あとは自由研究を残すのみだ。 何をしようかな? ずっと考えていたが、おばあちゃん家に来て色々見ているうちに思いついた。 おばあちゃん家にはたくさんの不思議なものがある。 これを自由研究の題材にしよう。※夏休みの自由研究 5年1組 迫沼美森 夏休みに行った田舎のおばあちゃん家にあった、めずらしいものを紹介しま
2024年8月12日 16:56
「ご先祖様が泊まりに来るからな、ちゃんと迎える準備せにゃいかんのよぉ」 少し曲がった腰で、おばあちゃんはせっせと用意を始めた。 8月13日。 いつもうるさく暑苦しい蝉の声も、今日はなぜか神聖なものに聞こえた。「おばあちゃん、私も手伝うよ」 声をかけると、おばあちゃんは私の方を振り返ってニッコリ笑った。「それじゃあ、きゅうりとナスを1つずつ持っておいで。なるべく立派なやつな。あと割り箸
2024年8月15日 17:21
『みーちゃんは花畑を探す名人だ』 大和が言っていた。 クワンソウの花畑もあの子が見つけたらしい。 この街に来て1年。ずっと探している。 必ずあるはずの道。そしてその先にあるはずの花。あの子なら見つけられるかもしれない。 私たちが探しているあの花を。 午前中は集会所で夏祭りの準備をしていた。みーちゃんも子供神輿を作りに来ていたので、それとなく私の探している道の話をした。「夏のこの
2024年8月16日 12:23
ボクはみんなの嫌われ者。 いつだってみんなに疎まれ、邪魔にされ、捨てられて。決してみんなの輪に入ることはない。 でも今日はボクがメインだ。「リューチン、頑張って!」 暗闇の中、女の子の声が聞こえる。 大きな縦揺れ。 そして勢いよくボクは外へ弾き出された。 太陽の光がキラキラ輝いていた。「おお!すげぇ!」 男の子の声が聞こえたとき、ボクは着地した。 コロコロと2、3回転
2024年8月20日 12:44
玄関で飼っている金魚。 子供神輿作りに出かけるとき、去年より数段大きくなったそいつは、心の底にある俺の大切な記憶を蘇らせた。 その子の名前は雪那。 去年の夏休みが始まった頃、俺たちはほぼ同じタイミングでこの町にやって来た。「来たばかりで何もわかんねーんだよな」 俺が言った言葉に雪那はこう返した。「私も来たばかり。一緒だね」 肩にかかりそうなサラサラした黒髪が揺れていた。黒目がち
2024年8月22日 13:04
僕は見てしまった。 この町の秘密を。 この町は様々な目で監視されている。 夜になると、監視の目が光り始める。 おそらく昼間もあの目はあるのだろう。明るいから気付かないだけだ。 この事実を知ったのは単なる偶然だった。 子供神輿作りから帰る途中、傘を忘れたことに気付いて集会所へ戻った。再び帰路についた時には辺りは暗くなり始めていた。 ———早く帰らないと。 僕は歩を速めた。