道理にあった戯れ、「見立て」で思いきり遊んだ器の会
見立て。辞書には以下のように説明されています。
雪を梅の花、滝を龍などのように自然の風景を別のもののように見たり、枯山水庭園のように水を使わずに山水の趣を表したりするように、(5)に説明されているような「見立て」は、日本の文化に広く深く根差しているものです。
見立ては、もともと漢詩や和歌といった文芸から生まれた精神でしたが、茶の湯を大成した千利休が日常の生活用品を茶道具に見立てて扱うようになり(瓢箪の水筒を花入として用いたり)、茶の世界でも大切にされてきました。
もちろん日本料理にも見立てはあり、たとえばニンジンを松のように飾り切りにしたり、がんもどき(雁擬き)のように肉を使わずに肉の味に似せた料理などもその一つといえます。
1年に2度、乃木坂しんに器の作家を招いて開催している「器の会」を、3月25日から28日にわたり開催しました。今回お招きしたのは、信楽で作陶をする杉本玄覚貞光先生。杉本先生の器に店主の石田伸二が料理を盛り付ける。4日間限りの会のテーマもまた「見立て」でした。
料理の器ではない茶器に盛り付ける
器の会では、使う器は会期の1週間前に乃木坂しんに届きます。普段の作りこんでいく献立ではなく、即興性を活かした盛り付けや献立をしていくのがこの会の特徴。そのため、器が届いてから1週間で献立を最終的にまとめあげていきます。
杉本玄覚貞光先生は、信楽(滋賀県甲賀市)で1968年、信楽焼に魅了されて33歳から作陶の世界に入られました。1974年から30年以上にわたり京都・大徳寺の立花大亀老師に指導を受けたことがきっかけで、千利休が示した「侘び」「寂び」とよばれる思想を中心に作陶するようになります。
京都の野村美術館や海外のギャラリーでも個展が開催され、現代の茶陶の第一人者といっても過言ではない高い評価を得られています。
会は昼と夜に開かれ、カウンター6席のみ(個室はギャラリー兼即売会で使用)の小さな会で、すべての会で杉本先生に同席するという貴重な会。これまで石田や飛田と同世代の若手作家を中心に共演してきましたが、今回は大御所の杉本先生と共演するということで、「半分楽しみで半分不安」と石田も緊張気味です。
まずは器の会で供された料理を紹介していきます。
あるもので見立てる、主の見る眼
「今回、杉本先生とともに器の会をさせていただけたのは、僕たちにとって本当に光栄なことです。『見立て』というテーマでできたのも、杉本先生のお許しがあったから。抹茶の茶碗(茶盌)に料理を盛り付けるなんて、普段ならできません(笑)。さらに器だけでなく、花入れや箸置き、お敷きまで杉本先生の作品を使わせてもらっています。普段の乃木坂しんとは違った雰囲気とお料理を楽しんでいただけたと思っています」と支配人兼ソムリエの飛田はいい、「国宝級の大切な器を扱わせていただけたのは、店のスタッフにとっても、ふだんとは違った緊張感での仕事の経験になったはず」ともいいます。
「不安が半分」と言っていた石田も、「ふだんは素材から料理を考えていくのですが、今回はいくつかの料理では、器から考えて仕上げたものもありました。自分にとっては、あまりない経験で、たとえば伊勢海老の料理のようなあまりしてこなかった大胆な盛り付けもできたのは、自分自身でも驚いています」と会を振り返った。
今回の器の会で、テーマになった「見立て」は、会の前に、料理長の石田と支配人の飛田、そして器の会を初回から共催する器ギャラリー「とべとべくさ」の伊藤貴志さんとともに杉本先生の工房を訪れた際に、自然に生まれたものだといいます。
「見立ては、茶の世界にとっても大事なものだと、杉本先生からお聞きしました。お茶席でも、すべての道具が揃っていないこともあります。なければできないということではなく、あるもののなかで見立てていく。そこでは、主の見る眼も大事になってくるということでした。茶器を料理の器に見立てていければおもしろい器の会になるのではと思ったのです」(飛田)
道理がなかったらただの「勝手」です
「おもしろい、楽しかった」。会を終えた杉本先生からそんな言葉を聞くことができました。
「見立てるという遊びを石田さんはしてくれました。それは、『道理』にあった戯れです。道理がなかったらただの『勝手』ですから。理屈から外れても道理から外れてはいけないのです。見立ては楽しいですよね。見立てられるものは、無限にあるのに、人が気付かないものに気付けたらおもしろく感じます。それは、どこまで悟れるかということでもあるのです」(杉本先生)
日本料理にも道理があると杉本先生。それは食材がもつ色や香り、味わいであるといいます。食材が活かされた料理、食材らしい料理が道理であり、それが適っていれば、見立てて遊ぶことができる。今回の器の会では、その料理の道理に適った遊びになっていたといいます。
石田にとっても手ごたえのあった器の会であり、杉本先生にかけられた「料理人と作家がともに取り組むこの会は続けるべきです」という言葉は、自信になったそうです。
「遊びは、余裕や余白がないと楽しめないもの。そして、型やルールのなかで遊ぶことでもあります。じつは、普段の料理でも見立てることはやっていて、季節の情景を器や盛り付けで見立てたり。お客さまごとに切りだしを変えたりすることも見立てのひとつでもあると思います。そういった点では、器の会は即興的で、その期間限りの会ではありますが、やっていることは普段と変わらない。道理を適えるために料理を深め続けていくことなのだと思います」
4日間にわたって開催された杉本先生との器の会。ご来店されたゲストにとって貴重な時間だったのはもちろん、石田や飛田をはじめ、乃木坂しんにとっても気付きと学びが多かったようです。
次回は8月、ガラス作家の杉江智先生をお招きして
次回の器の会は、2022年8月5日から8日の4日間、ガラス作家の杉江智先生をお招きして開催する予定です。ご予約やお問い合わせは、乃木坂しん(☎03-6721-0086)または、共催のとべとべくさ(☎03-5830-7475)までお電話ください。
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構成・文・撮影=江六前一郎