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スナフキン美容師


私の髪の全てを任せている美容師さんは高校一年生の頃から担当してもらい今年で十一年目に入る。

先日、髪を切って染めてきた。私は髪を切りに行く際、一緒に絡まった多くの縁や断ち切りたい縁を切る想いで美容室へ向かう。担当さんと髪を切る行為をいつも二人で邪気祓いと呼んでいる。多くのストレスや積み重なる疲労と、気持ちも一心して帰る頃には肩をしゃんとして、胸を張って新しい気持ちでまた、頑張ろうと思えるように私を送り出してくれる。

私の髪を担当するその美容師さんは世界観で言えばムーミン谷に居そうな人でスナフキンのように寡黙だが優しくおっとりとしていて何より心地の良さがずば抜けて良い人だ。黙って話を聞いてくれる、美容師さんと当たり前にするようなどこに行くのか、休みなのか、彼氏はいるのか、趣味はなんなのか、といった会話を一切振らずにひたすら頷き、思うことがあればゆっくりとしたテンポで話してくれる。不思議なことにその美容室は一歩足を踏み入れるとその空間だけ時の流れが止まってしまったのではないか、というくらいゆっくり、丁寧に、温かい。

人柄がそのまま空間になり木材を多く使ったその美容室は日々、何かに追われては悩み、忙しなく生きている私達をそんな日常からすくい上げてくれるところなんだと思っている。こだわって創り上げた空間なのに主張がなく嫌味もない、ただ温かい、ほっとする場所がそこにあり、ドアを開けるとスナフキンがいる。

美容師さんはインスタグラムやネット関係の宣伝をほぼしていない。やってみたけど続かなかった、と言っていた。そしてやる暇がないほど忙しいという。宣伝にお金や時間をかけなくても繁盛しているお店はやはりクチコミなのだ。お客様の殆どが知り合いの知り合い、ということも多い程、そんな私も通いだして十一年の間に何人もの知り合いにこの美容室を勧めた。スナフキンのように寡黙だが髪に対する情熱や熱意、想い、その人の背景にある私生活を考え必死に鏡越しに髪を触り沢山悩み一番ベストなヘアスタイルを見つけてくれる。いつもカウンセリングの時だけは目付きが真剣そのものでプロの目になる。職人魂や匠という人を自分の身近でこんなにも近くに見られるのはこの美容師さんくらいで楽しそうに目が輝き何かに熱中出来ることはとても素敵で何にも変え難いことなのだと教えられる。

いつも驚くのは電話予約でカットの予約をしたいと言っただけで野田さんですか?と言い当てるところだ。何百人といる顧客の中で名乗らずとも声だけで誰かを言い当てる美容師さんのその細やかな気遣いや心遣いにいつも素敵だなと感じるのだ。閉店後には二時間以上かけて毎日担当したお客様のカルテを直筆でノートに書き込みどんなカラー剤を使い、どんな話をして、どんな髪型にしたか、色が落ちたらどうなるのか予想して次はこういうのを提案できそう、なんてその人柄の良さや想いは自分の知らないところにも沢山ちりばめられている。私が初めて出会った時に上手く伝えられないと思い紙に絵と文字を書いて渡したメモもまだカルテに残っていた。十一年も前のメモを見てこれは僕にとって大切なものですからね、とサラリと言った。

美容師さんの想いの中に日常でヘアセットをしなくても形が出来上がりいつでもお気に入りの髪型でいられるように切る事を心がけている事を教えてくれた。せっかく美容室に来たのならば普段出来ないようなヘアセットをしてもらうことが多いが美容師さんはそんなヘアセットの知識が乏しい私にも使うスタイリング剤やどこで買えるか、値段、代用出来るもの、使ったアイロン、ヘアセットの仕方を丁寧に教えてくれる。時には私自身にアイロンを持たせ練習をさせてくれる。

「美容室で人にしてもらうヘアセットも良いけど洗えばそれは落ちてしまうでしょう。自分でも同じように出来たら毎日の心持ちも違うだろうし、楽しいよね。だからこんなふうに教えたくなってしまうんです。」

と言われ、次もまたその次もずっとこの方に私の髪をお願いしたいと思った。


オリーブグレーとブルージュ
グリーンも混ざって色が落ちても綺麗です。

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