のっきー

昭和49年生まれ。生まれも育ちも花屋敷です。 雲雀丘花屋敷の忘れたくない風景と心もようをエッセイにしています。 日本史が好きで古墳巡りや偉人を調べたり、書道や短歌も楽しんでいます。 今年から男性歌劇団「ミュージカル・バディーズ」に加わり、歴史ミュージカルに挑戦中!

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昭和49年生まれ。生まれも育ちも花屋敷です。 雲雀丘花屋敷の忘れたくない風景と心もようをエッセイにしています。 日本史が好きで古墳巡りや偉人を調べたり、書道や短歌も楽しんでいます。 今年から男性歌劇団「ミュージカル・バディーズ」に加わり、歴史ミュージカルに挑戦中!

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  • 雲雀丘花屋敷のみちをゆく

    阪神間モダニズムがいまなお香る、雲雀丘花屋敷。雲雀丘花屋敷を歩いてその魅力に迫る、1話完結型ミニ紀行エッセイ。雲雀丘花屋敷にお住まいの方はもちろん、近代建築ファンや郷土史ファンにも。令和6年9月末まで全20回。毎月10日、20日、30日に投稿予定です。

最近の記事

雲雀丘花屋敷のみちをゆく #11 消えた「やまんばの墓」

中学1年生の時、教室から見える雲雀丘学園グランドの裏山が燃えはじめたのです。「燃えている山を窓越しに見よう」と先生が言い、技術の授業がなくなったことがありました。 私は小学生のころ、その燃えて無くなる前の裏山へよく遊びに行っていました。バックネットのちょうど裏に人が通れる「入口」があり、そこが探検の出発地点。入っていくと大きな池がありました。 木々に覆われ日が当たらない細道を歩くと、正面に積みあがった大きな石の塊。友達のお兄ちゃんが「これはやまんばの墓やで。」と教えてくれ

    • 雲雀丘花屋敷のみちをゆく#10 カモから始まる

      「雲雀丘花屋敷の歴史って、ちょっと短いよなあ・・・。」 遠慮がちに友達からそういわれたことも。雲雀丘花屋敷は大正時代に開発された100年くらいの街です。その雲雀丘花屋敷から20分くらい歩いていった先に、弥生時代の大都市があったことは、あまり知られていないかもしれません。 駅から南へ下り、JRの線路をくぐり東洋食品工業短期大学の前を歩いていきます。最明寺川を渡り標高40メートルほどの台地に現れたのが加茂遺跡です。 カモは大昔の旧石器時代から人が住んでいて、2,000年前に

      • 雲雀丘花屋敷のみちをゆく #9 神戸ベルの極みピロシキ

        西神中央に神戸ベルがある! ベル自体がなくなったと思っていたから、同級生が教えてくれた時の驚きやいかに。いまもベルはあり、そしてあのピロシキも!しかも「極みピロシキ」という名前となっていることが判明しました。 いてもたってもいられず、神戸ベル西神中央店に極みピロシキを食べに行こうと決意。念のためお店に電話をして取り置きをしてもらいました。 読んでいる本が全く頭に入ってこない・・・、興奮を抑えかねながら電車に揺られ約1時間半、西神中央に到着。改札を出るとすぐにベルが目の前

        • 雲雀丘花屋敷のみちをゆく# 8 ベルのピロシキ

          子供のころに食べたあの味をふと思い出す、ということはありませんか? 同級生と雲雀丘トークをしていたときのこと。雲雀丘花屋敷駅前に神戸ベルがあったという話題で盛り上がりました。 駅前のタクシー乗り場から少し行ったビルの1階にあり、いまはアメリカヤほーむクリエイトという不動産屋さんがあります。 昭和50年代から60年代、ベルは西洋の香りのする、モダンでハイカラなパン屋さんでした。パンだけではなくプリンやアイス、ケーキまで売っていた、とても楽しいお店でした。 一番好きだった

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        • 雲雀丘花屋敷のみちをゆく
          12本

        記事

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #7 やまんばと紅葉橋

          やまんば、と聞いて、どういう存在なのか理解ができるのは、それなりに年を重ねた人だろうと思います。 雲雀丘花屋敷駅から雲雀丘学園グランドへ向かう途中に「紅葉橋」という橋があります。 小学校低学年の頃だったでしょうか。学園グランドの裏山に遊びに行くとき、友達がこう言いました。 「この橋を渡るときにふりかえったらあかん、やまんばが出てきてかみころされるで。」 「やまんば」がどういうものか、私は知りませんでした。しかし「かみころされる」という言葉で、「やまんば」がとにかく恐ろ

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #7 やまんばと紅葉橋

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく#6 高碕達之助

          駅からメインストリートをゆるやかにあがり、急な曲がり坂を登っていった、山の中腹に高碕記念館はあります。高碕達之助(1885-1964)の旧宅です。 「高碕達之助にご興味あって来られたのですか?10人に1人くらいですかねえ。ヴォーリズ建築に興味ある方がほとんどですよ。」解説員の方は少し驚かれた様子。 高碕達之助は現在の東洋製罐グループホールディングスを作った実業家。晩年は政治家、閣僚として、日中外交、日ソ外交に尽力。昭和37年当時国交のなかった中華人民共和国との間に結んだ覚

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく#6 高碕達之助

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #5 秀平さんのお庭

          宝塚オープンガーデンフェスタというイベント。宝塚市内の個人邸のお庭を見学してもらおうという企画で、かれこれ20年ほど行われているそうです。 そのガーデンフェスタで、秀平和子さんがお庭を公開されているとお聞きしたので伺うことにしました。 抜けるような春の青空、太陽がほどよく照り付けた4月中旬。雲雀丘特有のぐいっと急に迫ってくる坂をあがりきると秀平邸に到着しました。ウッドデッキから視界が開け現れたのは、広い青空と洋館、五月山。ひとり声をあげそうになるくらい美しいものでした。

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #5 秀平さんのお庭

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #4 荘川桜

          ひばりがおかやまぼうし公園に植えられているアズマヒガンは、荘川桜とよばれ、岐阜県にあった荘川村に由来しています。その荘川桜がなぜ遠く離れた雲雀丘花屋敷に咲いているのでしょうか。その答は戦前から終戦後にかけて雲雀丘花屋敷に居住していた、高碕達之助(1885-1964)にありました。 岐阜県の御母衣ダム。昭和25年にこのダム建設の計画が立てられ、荘川村は廃村となりダムの湖底に沈むことが決定されたのでした。 住んでいる村が沈む。この悲しみはいかばかりでしょう。電源開発株式会社の

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #4 荘川桜

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #3 一本の桜

          みなさん、桜やお花見は好きですか? 雲雀丘花屋敷からほど遠くない、池田市にある五月山は北摂でも有数の桜スポット。五月山公園を整備し桜の名所にしたのが、戦後の池田市長、武田義三(1896-1975)です。 桜を植えたいと思ったきっかけが、なんと雲雀丘花屋敷の桜だったそう。 「雲雀丘の春は全山ピンク色で羨ましいのう・・・五月山もそんなふうにしたいものよのう・・・」 と、言ったのか。 猪名川沿岸から武田義三が見た当時の雲雀丘の山々は美しかったことでしょう。 いま、ちょうど

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #3 一本の桜

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #2 花屋敷駅

          阪急宝塚線の駅、雲雀丘花屋敷。ひばりがおかはなやしき。雲雀丘花屋敷は2つの駅が合体して出来た駅名なのです。「雲雀ケ丘」駅と「花屋敷」駅です。 明治43年に箕面有馬電気軌道、いまの阪急宝塚線が開通しました。その時作られた箕面有馬電車唱歌、12番から当時の沿線の様子がうかがえます。 ♪南に開く山の影 新たに植えし花屋敷 木部(きのべ)平井や山本に 四季ももくさの花畑♪ 開通当時には花屋敷のみで、雲雀丘はまだありません。花屋敷のあと雲雀ケ丘が出来て、昭和34年雲雀丘花屋敷とな

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #2 花屋敷駅

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #1 主役は人

          雲雀丘花屋敷は大正初期に開発されたまち。100年以上経過しました。歴史の風雪に耐え、いまも残っている当時の洋館があります。 この洋館のある風景が雲雀丘花屋敷の大きな魅力。洋館のお話は欠かせません。この「みちをゆく」は、雲雀丘の洋館を中心とした話になっていくでしょう。 川柳人の恵陸さんというお友達がいます。愛知県にお住いの恵陸さんは泣く泣く箕面にあった生家の取り壊しを経験されました。「人間の寿命と建物の寿命が違うからむずかしい」と恵陸さん。この話を聞いて、なるほど、そうだよ

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #1 主役は人

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #0 はじめに

          こんにちは。雲雀丘花屋敷のみちをゆくという、とてもちいさくささやかな紀行エッセイを書いていきたいと思います。イメージは司馬遼太郎さんの「街道をゆく」。「街道をゆく」を読まれたことありますか? 雲雀丘花屋敷は大正初期に開発された住宅地です。とても静かなまちです。苦楽園と比較すると地味な印象です。訪れる人も多くないでしょう。しかし実際に歩いてみると、じんわりと良さが感じられるのです。 それを書き残したい。令和6年の雲雀丘花屋敷を切り取り、感じたことを書いていこうというこころみ

          雲雀丘花屋敷のみちをゆく #0 はじめに