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侠客鬼瓦興業 第37話「テキ屋稼業の三つの掟」

「誰にも言うなよ・・・」
そう言われると、どうしても誰かに言いたくなってしまう。
僕は今朝倉庫で見たこと、そして今しがた近くの保育園で目撃した追島さんの秘密を誰かに話したくて仕方なかった。

しかし、そんなことをしたら、恐怖の鬼軍曹追島さんからどんな目に合わされるか・・・、僕はあれこれ独り言をつぶやきながら持ち場へ向かっていた。

「それにしても追島さんって、恐い顔してるけどけっこうシャイだったんだな・・・、あんな風にこっそり好きな人のことを眺めたりして」

僕は何となく追島さんの人間らしさを垣間見れた気がして、少しだけ親しみを感じ始めていた。

「でも、あれだけ綺麗な人なんだから・・・」

「出来ることなら追島さんの恋、実らせてあげたいなー、でもきっと恋人いるんだろうな~」

そうつぶやきながら、追島さんとさっきの美人保母さんが幸せそうに並んでいる姿を思い浮かべた。

しかし浮かんでくるのは、美女とゴリラのカップル姿だった。

「これぞまさしく、美女と野獣そのものだな・・・」
 
僕はお弁当をぶら下げて、にんまり笑いながら、気が付くと持ち場の前に立っていた。

「何だお前、ずいぶんうれしそうな顔しながら戻って来て?」

「えっ?・・・あっ!銀二さん」
気が付くとたこ焼きの種を仕込みながら銀二さんが、じーっと僕の顔を見つめていた。

「いや、あの、別に何でもないです。・・・ははは」

「何でも無いって、どう見ても何かあったツラだろお前、さてはいい女でも見つけたか?」

「いや、そ、そんなんじゃないです・・・、ははは」

僕は頭を掻きながら幕の内弁当を銀二さんに手渡した。
銀二さんは首をかしげながらそれを受けとると、近くにあった大きな木箱に腰を下ろした。

「それよりお前も早いとこ、シャリ食っておかねーと、もうじき客がどっさりやってくるぞ」

「シャリ?」

「メシのことだよ・・・」

「あ、ハイ!」
僕は慌てて弁当のふたを開けると、ご飯をほおばった。

「おう、銀ちゃんー、銀ちゃんじゃねーか」

僕と銀二さんの背後から、もごもごとこもった声が聞こえてきた。
振り返るとそこには全身包帯だらけでサングラスをかけた、まるでミイラ男のような人が突っ立っていた 。

「うわっ!?ぐほぐほほ、、!!」
僕は突然のミイラ男の出現にご飯を詰まらせてしまった。

「誰だ、お前は!?」
銀二さんも慌ててそのミイラ男に尋ねた。

「俺だよ、俺・・・、まさるだよ、銀ちゃん」

ミイラ男はそう言いながら、かけていたサングラスをはずした、するとその目のまわりは青くはれあがり、目玉は真っ赤に充血していた。

「まさるって、お前・・・、あの、コマシのまさるか?」

「コマシはひでえなー、銀ちゃん、自分だってコマシじゃねーかよ・・・」

ミイラ男はうれしそうに腫上がった目で笑った。

「何だよお前その姿は?」

「いやちょっとあってよ・・・、そんなことより、今度良い女のいる店見つけたんだよ、いっしょに行こうぜー銀ちゃん」

ミイラ男はそういいながら、包帯だらけの右手を突き上げたが、

「あっ!?」
と何かに気がついて、慌ててその手を引っ込めた。

あまりにも一瞬の出来事だが、僕はその一瞬を見逃してはいなかった。それは明らかに、まさるというミイラ男が、銀二さんに小指を突きたてようとした時、自分のそれがなくなっているのに気が付いて、慌てて引っ込めたという一瞬の出来事だった。

僕は瞬時に、のどをつまらせたことも忘れて固まってしまった。

同時にミイラ男の一瞬の出来事を、隣にいた銀二さんも見逃してはいなかった。

「まさる・・・、お前、何だよその指!?」

銀二さんはマサルというミイラ男に尋ねた。

「あっ?ばれちゃった・・・、ははは、ちょっと下手打っちまってよ・・・」

「下手って、何やったんだよお前?」

「いやいや大したことじゃねーよ、ははは・・・」

「大したことねえって、お前、エンコ飛ばされて、大したことねーは無いだろうが」

銀二さんはマサルと言うミイラ男の手をつかもうとしたが、ミイラ男は慌ててその場から離れると、はずかしそうに

「こんど飲み行こうな・・・、銀ちゃん」
そう告げながら僕達の前から離れていった。  

「何だあいつ?あんな姿にされちまって・・・」

銀二さんは僕達の隣でべっこう飴の準備を終え、お弁当を食べていた山さんを見た。山さんは少し渋い顔をしながら、もっていたお弁当を三寸に置くと、ぼそっと小さな声で

「バシタとっちまったんだよ・・・、マサルの野郎」

「バシタ!?」
 
「まあ、昔から女癖の悪い奴だったけどよ、あの野郎、自分の兄貴分のバシアとっちまって、あのざまだよ・・・」

「それで、あんな包帯だらけだったんすか?」

「かなり派手にヤキ入れられたらしいからな、おまけに・・・」

山さんは自分の小指を突き立てると、もう片方の手でチョイっと切るまねをした。

二人の恐ーい会話を聞いて、真っ青になっている僕を見て、山さんが笑いながら話しかけてきた。

「吉宗っていったな兄ちゃん・・・」

「は、はい!」

「お前さんも気をつけろよ、それだけの男前だ、間違って仲間のバシタなんて取っちまったら大変だからな・・・」

「あ・・・あの、さっきからお話している、バシタっていったい?」

「仲間の女のことだよ、」

銀二さんはお弁当を食べながら僕に教えてくれた。

「いい機会だから言っておくがな吉宗、俺達テキヤの世界にはあれこれめんどくせえ決まりはねえがよ、かわりに昔から大切な三つの掟ってのがあるんだ・・・」

「三つの掟ですか?」

「おう、その一つが、ばひはるな・・・」

「ばひ、はるな?」

「こいつは、売上金をちょろまかして、ネコババするなってことだ」

銀二さんは右手の指でわっかを作りながら、真剣な顔で僕を見た。

「二つ目が、たれこむな・・・」

「たれこむ?」

「そうだ、こいつは、仲間内のことは何があっても警察にちんころするなってことだ。」

「ちんころ???」
 
「密告するなってことだよ、兄ちゃん」

僕が首をかしげているのを見て笑いながら、山さんが教えてくれた。

「そして最後に、バシタとるな!」

「こいつはつまり、仲間の女を取っちゃならねーってことだ。バシタとるな、こいつを破るのは何よりの重罪だ!」

「バシタとるな・・・、重罪・・・、ですか?」

「兄ちゃんは何にも知らねーんだな、ははは・・・」

山さんは楽しそうに僕を見ながら話を始めた。

「昔から俺達テキヤは日本全国渡り歩いて生きてきたんだ。そんな旅の最中に家にいるおかあちゃんが他の仲間とできちまったんじゃ、安心して仕事にうちこめねーだろ」

「は、はい・・・」

「仲間の女は仲間がしっかり守る。そういう意味で決まった掟だ。バシタとるな・・・、てな」

「仲間の女は仲間が守る、ですか・・・」

僕は初めて聞かされる話を真剣に聞き入っていた。銀二さんはそんな僕を見て笑いながら、お弁当のなかにあるウインナーを箸でつまみ上げると

「吉宗、バシタとるな・・・、こいつを破った奴はな、昔だったらその罰として、親指かアレを詰められても文句は言えねえ!きつい罰がまってたんだよ」

「親指か、アレ!?」

僕の背筋に悪寒が走った・・・。

「あの、銀二さん、親指かアレの、アレって・・・、もしかして?」
 
「お前の想像するとおり、そう、コレ!」

銀二さんは箸でつまんでいたウインナーを、僕の顔の前に突き出したあと、うれしそうにそのウインナーを自分の歯で根元から食いちぎった。

「・・・うぐ!」

おいしそうににウインナーをむしゃむしゃ噛んでいる銀二さんを見ながら僕は青ざめていた。

(やっぱり僕は、とてつもなく恐ろしい世界に入ってしまったのではないか・・・)

そう思った僕は、口から泡を噴出し、真っ青になって固まってしまった。

「あれ!?ちょっと刺激が強すぎたか・・・、おい吉宗、今の親指かあれってのは、昔の話だぞ。おい、吉宗・・・」

「おや、ゆび・・・、アレ・・・、おやゆび・・・、アレ・・・」

 銀二さんが慌てて話しかけてきたが、僕は恐怖のあまり、まったく耳に入らず、同じ言葉を呪文のようにつぶやきながら遠くを見つめていた。

「おいおい、俺が気をつけろなんて悪いこと言っちまったからか?いや、悪かったな、兄ちゃん兄ちゃん・・・」
「大丈夫!、大丈夫!ばしたとったり、下手打たなきゃいいんだからよー。お前さんがしっかり気をつけてれば、エンコもチンコも飛ばされることなんか無いって、ははは」

山さんは明るく笑いながら、僕の背中をたたいた。しかしその言葉は決して僕を安心させてくれるものではなかった。

「エンコ、チンコ・・・バシタ、アレ・・・エンコ、チンコ・・・」

「おいおい吉宗ー、吉宗、そうだ、そうそう もうじきツンパとパイオツの余禄がまってんだぞー、余禄、余禄ー」

銀二さんは、慌てて、その言葉を呪文のように僕の耳もとでささやいた。しかし僕の耳には恐怖の掟が、頭にこびりついて銀二さんの呪文を聞き入れる余地はなかった。

「バシタ・・・、親指・・・、エンコ、チンコ・・・、バシタ・・・、エンコ、チンコ・・・」

「違う違う!ツンパ、パイオツ、ツンパ、パイオツ、ツンパ、パイオツだ!」

祭りが始まる前の、お大師さんの境内の片隅で、僕と銀二さんの奇妙なつぶやき声がこだましていたのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございます。
続き「赤丹、水チカ、ツンパ、パイオツ余録付き」はこちら↓


※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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