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侠客鬼瓦興業62話「女衒(ぜげん)の栄二」

(めぐみちゃんが・・・、あの心やさしい、めぐみちゃんが・・・)
僕は信じられない姿を見てしまったショックで額に青筋をたらしながらキョロキョロと彼女のことを見ていた。
しかしそこには、あの時の鬼のようなめぐみちゃんの姿はなく、いつもの可愛い彼女が微笑んでいるだけだった。

「ありがとうございましたー」
めぐみちゃんは、ちょっかいを出して来た男達にニッコリ笑顔で手をふると、不意に僕のほうに顔を向けた。
「・・・うぐ!?」
僕はなぜか慌てて、めぐみちゃんから目をそらすと一生懸命たこ焼きにソースを塗りたくった。
「吉宗くん・・・」
ぬりぬり、ぬりぬり
「ねえ、吉宗くんってば」
「・・・・・・」
ぬりぬり、ぬりぬり
めぐみちゃんの声を耳にしながらも動揺から返事を返すことが出来ず、ひたすらソースを塗り続ける僕に彼女が何度も声をかけてきた
「吉宗君!」
「それ、たこ焼きじゃないよ」
「え?あーーー!?」
気がつくと僕は、三寸の入り口に飾られていた、恵比寿様の置物の頭にせっせとソースを塗りたくっていたのだった。

「あーバカー!それは俺の大事な商売繁盛の守り神なんだぞー!!」 
銀二さんは慌ててソースだらけの恵比寿様に向かって絶叫した。
「あー、す、すいません!銀二さん」
「このバカー!すいませんじゃねーぞ、今日儲からなかったらお前のせいだからな!」
「あー、すんません恵比寿さん、すいませーーん」
銀二さんは恵比寿さんを大事に抱えると、一生懸命お詫びをしながらバケツの水でソースを洗い落としていた。

「おかしい、吉宗くんったら・・・、あーっ、そうか!」
めぐみちゃんは、急にはっとした顔で僕を見た。  
「吉宗君さっきの私のこと見て、ビックリしたんでしょー!」
「あっ、いや・・・」
「やだー、あれは演技だよ、演技」
「演技?」
「うん、鬼瓦のおばちゃんに教わった、いやなお客さん対策用の演技」 
「・・・本当?」
「もうー、本当に決まってるでしょー、ふふふ」 
「なんだー、演技だったのかー、ははは、そうだったのか・・・」 
僕はめぐみちゃんの言葉でほっとした喜びと安心から、目元を潤ませながらへらへら笑いくずれてしまった。
「おかしいー、吉宗くんったらうるうるしちゃって、本当にかーわいい」
めぐみちゃんは僕の腕をつんと突っつくと、可愛く小さなウィンクをした。「か、可愛いだなんて・・・、だはははは~」
僕はでれーっとだらしな~い顔で、めぐみちゃんを見つめ微笑んだ。

「すいませーん、あのー、金魚すくい一回いいですか?」
「あ、は~い、ごめんなさーい、今行きますね」
めぐみちゃんは水槽の前で呼んでいる親子に気づくと、あわてて持ち場へ戻っていった。 
僕は笑顔で小さな子供にポイを手渡すめぐみちゃんを見つめた後、銀二さんに 
「銀二さん、めぐみちゃん、さっきの演技だったんですね・・・、だはははー」
「何が、だははーだ、バカ」
銀二さんは一生懸命に磨きなおした恵比寿さんをもとの三寸のすみに置くと僕を見て
「なあ、吉宗」
「はい?」 
「お前にはあれが演技に見えたのか?」  
「え!?」 
「さっきのめぐみちゃん、あれが演技に見えたのかっての?」
「な、何を言ってるんですか?だってめぐみちゃんがさっき演技だって」
「さあ、そいつはどうかな、ぎーしっしっしっ」
そう言っていやらしーく笑った。

「えっ?あっ、銀二さん・・・、ねえ銀二さん、ちょっと・・・」
「さあ、たこ焼き作ろーうっと」
銀二さんは意味深な笑顔を浮かべたまま、得意の二刀流でたこ焼きを返し始めた。
「銀二さん、銀二さん・・・」
何度呼んでも、銀二さんは鼻歌まじりにたこ焼きを返すだけで返事はなかった。

(いったい演技だったのか?それともあの怖いめぐみちゃんも、本当のめぐみちゃん?どっちなんだろう)
僕はめぐみちゃんと銀二さんを交互に見ながら、必死にうろたえていた。

「ほら、そんなことより、お前のおかげでバケツの水がこんなになっちまったんだ。向こうの水道行って汲み直してこいよ、ほれ急いで」
銀二さんは、そう言ってソースまみれになったバケツの水を指さした。
「あ、はい!」
僕はバケツを持つと、横目でめぐみちゃんを見たあと、急ぎ水道に向かって走った。
「ちょっと刺激が強すぎたかな?吉宗のやつには、ははは」
銀二さんは僕の後ろ姿を見ながら笑っていたが
「さあ、仕事仕事!」
そう言うとタコ焼きをひっくり返しはじめた。

そんな銀二さんの前に、角ガリに大きな白い顔、ど派手な花柄のシャツで上品に口髭をはやした中年男が近づいてきた。
男は白い顔の中に可愛くぽつん、ぽつんと配置された小さな目でにんまり微笑むと
「銀二ちゃん・・・」
うれしそうに声をかけた。 
「ん?」
「久しぶりねー銀二ちゃん、相変わらず色男だこと、ほほほほほ」
白い顔のおじさんはそう言いながら小さな目をさらに小さくさせ、ひげ面のおちょぼぐちで気色の悪い奇声のような笑い声をあげた。

銀二さんは、目を見開くと
「あー!なんだー栄ちゃん!女衒の栄ちゃんじゃんかー」
うれしそうに笑った。

「あらやだー、女衒はやめてよ、女衒は・・・」
「やめてって言ったってしょうがねーじゃんか、女衒なんだから」
栄ちゃんと呼ばれるおじさんは恥ずかしそうに
「相変わらず口が悪いわね、銀二ちゃんったら、ほほほほほほ」
そう言ってまた甲高い奇声を発した。
銀二さんはそんな奇声に眉をしかめたあと、 
「どうよ最近、商売の方は儲かってんかい、栄ちゃん」
「まあ、ぼちぼちね、ほほほほ」
「それよりさ、銀二ちゃんあたしこの間、彼とわかれちゃってさ、もうさみしくて、さみしくて・・・」
「彼って、あの男前のお兄ちゃんか?」
銀二さんの言葉に栄ちゃんというおじさんは、悔しそうにハンカチをかみしめると
「お小遣いだって、いーっぱいあげてたのよ、なのに彼ったらほかに男作って駆け落ちしたのよー、ひどいでしょー銀二ちゃん」
それは不気味な顔で泣き始めた。
銀二さんはそんな角ガリの奇妙なおじさんをじーっと見つめながら
「これは逃げたくなるわな、ははは」
おぞましいものを見る顔で笑った。

銀二さんと栄ちゃんが、楽しそうに話していたその時、運が良いのか悪いのか、バケツを抱えた僕が
「銀二さん、早くさっきの続きお願いしますー!」
そう言いながら戻ってきてしまった。 
「おう早かったなー、吉宗」
「だって、さっきの話の続き、まだ聞かせてもらってないんですよ、めぐみちゃん演技かどうかって・・・」
「!?」
そのとき僕は、こっちに向かって発射されて来ている不気味なレーザービームを肌で感じ取った。

「・・・ん?なんだ・・・!?」 
僕は恐る恐るレーザーが発射されている方角を見て思わず息を詰まらせた。
そこには女衒の栄ちゃん、そう、角ガリのおじさんが小さな目をギラギラ光らせながら、僕を見て立っていたのだった。

「銀二ちゃん・・・、だ、誰、この子!」
栄ちゃんは小さな目を血走らせながら銀二さんに訪ねた。
「ん?ああ、こいつはうちのニューフェイスで吉宗ってんだ」 
「ニューフェイスのヨシムネちゃん?」 
「そうだ吉宗、紹介するよ、女衒の栄ちゃん、このあたりじゃ昔から有名な女衒のおじさん」
「ぜげん?」
僕はそのおじさんから発せられるレーザービームをかわしながら、銀二さんに訪ねた。
「この辺の風俗店に女の子を売り飛ばす商売だ、ははは」
「えっ!?売り飛ばすって・・・」 
「ちょっと銀二ちゃん、ひどいこと言わないでちょーだい」
栄ちゃんは、そう言いながら恥ずかしそうに僕をみて小さな目で笑うと 
「売り飛ばすなんて嘘よ嘘、あっ旋したり女の子たちにお金を援助したりして手数料をもらってるだけなのよ、ほほほほほほ」
奇妙な笑い声をあげた。
「は、はあ・・・、あっ旋ですか」
「そう、わかってくれたかしら、いい子ねー吉宗ちゃんったら」
女衒の栄ちゃんはそう言うと、再び小さな目からレーザービームを発射させてきた。
「うぐ!」
僕は持っていたバケツでレーザービームをかわしながら、思わず後ずさりした。 
「そうか、吉宗ちゃんっていうんだ・・・、そうか~、そうか~、ヨッチーちゃんね」
女衒の栄ちゃんはそう言いながら僕を見つめると、突如小さな口をぐわーっとあけ、そこから巨大なオロチのような舌を出して、べろりー!っと舌舐めずりをした。 
「ひーー!!」
僕はまるで太古の妖怪のようなその姿に、思わず震え上がってしまった。

これが僕と栄ちゃん、風俗業界では泣く子も黙るどころかもっと泣いちゃうという、女衒の栄二さんとの初めての出会いだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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