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【連載小説】母娘愛 (24)

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 20時、広島駅で飛び乗った、新幹線のぞみ64号東京行は、三連休の最終日とあって、家族連れでほぼ満席状態だった。裕子は予約していた窓際の席にたどり着くと、やれやれと瞼を固く閉じる。

 のぞみ64号は、東京行きの最終便なのだ。

 そして、睡魔が襲いかかる前の僅かな時間に裕子は思う。やがて、目覚めたときには、母とのい諍いいさかいのすべて、何もなかったことのように、忘れてしまっていたいと。

 母の愛情に満たされなかった子どもほど、母への拘りこだわりから自由になれない呪縛を、まどろみながら味わい、深い眠りに落ちていく裕子だった。

 裕子はシ-トに、吸い尽くされそうなほど熟睡していた。広島での三日間の疲労が一気に出たのだろう。

 隣席の男性の肘が、裕子の二の腕に当たって目が覚めた。それも強くだ。トイレにでも立ったのか、不器用で慇懃無礼なその男性は、なにごともなかったように、ドアをめざして通路を行く。

『アイツ、ゴメンも言えないのか?』

 裕子は口のなかで毒突きどくづきながら、溢れる不快感を男性の背中にぶつける。起こされた憤りよりも、たったいましがたまで、揉めていた母との一部始終が甦ってくるのが不愉快だった。

 夜中も、そろそろ11時頃。

 窓に映る髪の乱れを手櫛で調えながら、窓辺に流れる景色を観ていた。暗闇の遠くに浮かぶ小さないくつもの灯りは漁火だろうか。ならば、この海原は駿河湾か。

 のぞみ64号は、いま焼津辺りを走っているようだ。

 漁火の数を数えていたら、母のことが裕子の頭をよぎり、滲んで数えられなくなってしまった。

 明朝のミィーティングに出席するために、後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、今夜中に品川に着いていたかった。

 たとえ、仕事だからといっても、あまりにも自分勝手だったと悔いる。

「騙されとるんじゃないん?」と、裕子は何度も母を説得したのだが、その都度「松本さんは紳士なんじゃけぇ」「エヌポォー法人なんじゃけぇ」挙句の果てに、「車にちゃんと広島市って書いてあったし、付き添いの人の制服の胸にも広島市のマークが・・・ちゃんと」と、応酬した恵子はは

 不思議と今回は、「学かないけぇ」の逃げ口上が、一度も出なかった。それが裕子の不安を一層かきたてるのだった。多分、松本やらに言いくるめられたのだろう。

「おじいちゃんがいつも言いよったの・・・あの原爆で親しい人が大勢被爆し、亡くなってしもうた。魂を鎮めるためにも寄付でも・・・」

 恵子ははの若い頃、母の祖父の膝の上で何度も、憎いピカドンの話を聞かされていたと聞く。いわば、恵子の最大のウイークポイントでもあったのだ。おそらく、松本はそこを責めてきたのだろう。

「ご寄付いただけりゃあ、天国のおじいさまも、さぞかし喜ばれることじゃろう」とかなんとか、母に生真面目に、原爆死没者慰霊に関する事業への寄付を糊塗したのだろう。

「だれが、なん言おうと、寄付するんじゃ!」と、頑なに言い張る母を、広島に残して来たことで、母のことを一層不憫に思う裕子だった。



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