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【連載小説】母娘愛 (14)

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「ママ!開けて~」

 裕子は背後に人の気配を感じながら、小声でインターホンに呼びかける。振り返れば、やはり、先ほど道ですれ違った「池田放送局」だ。放送機能がまだ健全なら、尾ひれ羽ひれをつけて、吹聴してくれるのだろう。裕子は、そんなことには、お構いなしにインターホンに、呼びかけるのだが、依然応答はなかった。
 玄関わきから庭先へ回る木戸を開けて、庭に入り込む。でも遠目に見て人影はない。ガラス戸越しに室内を窺おうとしたとき、突然レースのカーテンが勢いよく開いた。恐ろしい形相の母が、見下ろすように仁王立ちになっている。
 裕子は、老けた母、恵子を見るなり、後退りした。想像はしていたものの、電話で話す若々しい声とは、不釣り合いの年老いた母に、言い知れぬ悲哀が襲うのだった。

 玄関の方でキーロックが解かれる音がした。

 小走りで室内へ逃げるように、背を向けて行く母に、小声の「ただいま」を告げる。いまさら、「ただいま」でもないと、一人で自分を嘲笑する裕子だった。母娘の諍いの思い出しか沁みついていないこの家に、生涯戻って来ることなどないと思っていたのに。
 老いた母の顔に接して、不思議と自分勝手だった悔恨の情が芽生え始めるのだった。そんな感傷に浸る裕子の頬に、母のビンタがいきなり飛んだ。
「アンタがマコトを言いくるめたんじゃのぉ・・・」「違うのよ!ママ!聞いて!」頬を撫でながらの裕子の必死な打消しを、聞く耳をもたない母、恵子だった。睨み合う二人の沈黙をよそに、朝のワイドショーが能天気な放送を垂れ流している。

「ママ・・・騙されてたんだよ・・・」衝撃的な裕子の言葉で、二人の沈黙は破られた。「だれが?誰に?騙されとったって?」恵子は血の気の引いた面持ちで、裕子を再び睨み付ける。「マコトさんって、いつからママの知り合いだったの?」「・・・」「マコトさんて?どこの誰?」「・・・」恵子は、矢継ぎ早に繰り出される裕子の問いに、黙して俯くしかなかった。
「初めて心底から好きになった男の人だったの・・・福田さんって・・・」裕子の心からの小声の吐露は、間違いなく母、恵子の胸に突き刺さった。「ゆうちゃん!・・・」恵子は、ひと言そう言って背を向けた。
「ママは、昔からそうだった・・・」裕子の胸には、過去の母への憎しみが、沸々と湧き出してくる。そして、その不快な海に溢れそうになる。「いつだって、どんな重大なことでも、内緒にしてきた・・・でしょ!」「そんなこと言ったって・・・」
 母の二言目は、必ず「学がないから・・・」である。揉め事や面倒なことから、いつも、この決まり台詞で逃げの一手だった。そして、お金で解決できることは、よく考えもせず、さっさとそうしてきた。多分、福田誠にも、多額の金銭を掠め取られたことだろう。
「ママ・・・200やられたんだよ200万!福田に!」裕子は罵り終えて、両肩を落とした。恵子は裕子と目を合わすことはなかった。
「ママは、大丈夫でしょうね?」「ナ・・ニ・・・が?」恵子は気弱な途切れ途切れの声で応え、俯くばかりでだった。
「あの福田に貢がなかったでしょうね!ママ!」裕子は、母が打ち消してくれることを願いつつ、恵子の顔を覗き込む。


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