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【連載小説】母娘愛 (17)

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「ママ、福田から名刺か何か・・・」

 言いかけた裕子は言葉を切った。福田に限って、証拠を残すような、そんなドジは踏まないだろう。

 遠くからサイレンの音が微かに聞えたかと思ったら、つけっ放しのテレビが正午のニュースを伝えている。

「あ~もしもし!佐伯じゃけど!安佐南区あさみなみくの・・・」恵子はスマホを持ち変えて「いつものセットを、・・・あッ!ちいと待っちょいて!今日は二人前じゃけぇ」恵子ははは、評判の千鳥屋の宅配弁当を楽しそうに注文した。
 独り暮らしの母が、いつも寂しく千鳥屋の弁当で、お昼を済ませている風景を想像する裕子。裕子に親不孝だった思いが、重くのしかかる。まるで厚手のコートを羽織ったように、身体に纏わりついてくるのだった

「1時過ぎるんじゃと!・・・お弁当」
「書き入れ時じゃけ仕方ない!」
「お茶でも淹れる?それともコーヒー?」

 そう言う恵子の老けた横顔に、長年の蟠りわだかまりを、徐々に氷解させる裕子だった。

「ゆうちゃん!もうええじゃないの!あがいな男のことなんか・・・」
「でも!シャクじゃない!」裕子には、その言葉とは裏腹に、男としての誠への未練が、まだ燻っていると言う方が正直なところだ。
「騙される方だって責任があるんじゃけぇ」
「そがいな一般論言うたって・・・ママ」
「きっと、どこかで天罰が下るじゃけぇ」
「・・・」
「それより、ゆうちゃん!明日もお休みで泊まるんじゃろう?」
「三連休じゃけぇ」
「明日、広島へ出ん!お友達がパッチワークの展示即売会をやっとるんよ」
「一緒に?」裕子は恵子の能天気さに呆れてしまう。男やお金に未練などさらさらない、刹那的な生き方に「学がないけぇ・・・」という母の逃げ口上が、裕子の頭の中で、リフレインしていた。

「そう言やあ、福田の会社の傍じゃ。その展示会の会場って」
「マコトの会社まで行ったことあるん?・・・ママ!」
「でもね、閉まっとったんよ」その事を福田に言うと、いつも営業に出掛けているので、事務所なんかいらないけど、たまに客との打ち合わせに使うんだとか。恵子ははは頼りなく話した。

「それで、何て書いてあったん?」「何てって?何が?」「マコトの会社のカンバンにじゃ」「片仮名で、マシンツール・・・何とか、長ったらしい名前じゃった」「・・・」裕子は母にこれ以上聞くのは無駄なことだと悟った。

「私もあした行くわ!」「パッチワークへかい?」「違うはよ!そのマコトの会社へよ!」母は不満そうに「もう~」と言って、流しの方へ逃げるように立った。

 母は淹れ変えてきた、煎茶を裕子に勧めながら、とても嬉しそうに言った。「私!今度、テレビに出るじゃけぇ!」「・・・」裕子は箸を止めて、母の顔を覗き込む。「テレビに!どうして?出ることに・・・」裕子の詰問に、母は笑顔で応えるばかりだった。

 恵子ははは、いつも大事なことを、誰にも何の相談もなく自分勝手に進めていく悪い癖があった。それは、相変わらず変わっていなかった。裕子は言い知れぬ不安で、予想が定まらなく、膨れ上がる苛立ちとなって、強い口調になる。


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