【連載小説】母娘愛 (22)
「確か・・・この辺りじゃったけど」恵子は裕子を、福田誠の事務所に案内しようとするのだが、通りを間違えたのか、曲がる角を間違えたのか、迷っている様子だ。
「ママ、しょうがないねぇ?何か目印かなんかなかったん?」「そう言やあ、コンビニで麦茶を買うたっけ!あの日も今日みたいに、蒸し暑かったけぇ・・・そうじゃ!そのコンビニの向かい側じゃった!」何事にも大雑把な感心しかない母に呆れる裕子だった。
やっとの思いで、辿りついた福田の事務所は、高級な分譲マンションの一室だった。もちろん、分厚いガラス扉は、電子ロックされており、住人の許可なく中へは入れない。
その扉の前に並んでいる郵便受けボックスのひとつを指差す母。
「ここに、ワールド・・・なんとかツールってプレートが貼りつけてあったんじゃ・・・」母の指差す先。梨地のステンレス製の名札入れには、プレートが剥がされた痕があった。
「何か、ご用じゃろうか?」
明らかに、このマンションの管理人だとわかる初老の男性が、いつの間にか後ろに立っている。不審を募らせた表情で、母娘を交互に、観ながら問うてくる。
「ちいとワケありの知人でね・・・」裕子は機転を利かせて、管理人に住人のことを根掘り葉掘り聞き出そうとする。
「その部屋は、確か?ナニワなんとか・・・って会社が借りてんだけど・・・」管理人室に戻った初老の男は、管理台帳を捲りながら呟く。
「そうじゃった!ハナワじゃった!」「ハナワって?」「そうそう、花輪興業さんだった。担当者は・・・え~っと!フクダ・・・」裕子は、咄嗟に管理人の言葉を封じるように、「マコト」と言い放った。
初老の管理人は、老眼鏡を鼻の頭までづらして、上目使いで裕子に、「サトコ」と女性の名前を告げる。
罰悪そうな裕子は、「で、連絡先は?」「そりゃ、ちいと・・・」管理人は、教えられたマニュアル通りだろう、個人情報だからと断ってきた。
「やっぱりか・・・」裕子は、マコトの携帯にアクセスしてみるが、繫がらなかった。「ゆうちゅん!もうええじゃない!あがいな男のこと!」「でも、・・・そうじゃねぇ・・・」
裕子は胸の内で『フクダサトコ』という女が、マコトの女なんだと、言い聞かせながら、もう一度「そうじゃねぇ・・・」と恵子の眼差しに返答した。
「ところで、寄付はいつ?するんじゃった?」「来月の・・・ほら!8月6日の平和記念日に世間の目が広島に向いとるけぇ、その翌日に放映するって・・・撮影は8月1日じゃって・・・」「じゃあ、私も一緒に行くは・・・」「それは、だめじゃって!一人で来るようにいわれとる。なんか、警備の面で限られた人だけで・・・って」
裕子は、ますます臭い話だと思いながら、恵子の話を聞いていた。
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