【連載小説】母娘愛 (20)
山岡ら一行は、県庁の貸し会議室に朝一で集合した。今日は八代元が立ち会う、本番さながらのリハーサルの日だ。佐伯恵子代役の幸子の他は、全員当日の配役通りでスタンバっている。
銀行員役の亀田良子の現金受け渡しのタイミングを、入念にチェックしながら、指示を飛ばす山岡。
「りょうちゃん!特に婆さんに、隣の席の現ナマの束を見せつけて信用させるんじゃ。自分が持ち込んだ額が、決して多くはないと思わせるんじゃ・・・それから、絶対に婆さんと目を合わさんように!ええな!」
良子は顔全体に緊張感を漲らせ、ろくな返事を返してこない。山岡の確認が再び飛んで、やっと小さく頷いた。
一階の玄関前で待機していた花輪興業の若い衆から、いまハチゲンが来たとの連絡が、山岡のスマホに入った。
「ボスが着いたでぇ!」山岡のよく通る声が、窓ガラスにも反射して劇団員全員に届いた。
会議室はまるで、水を打った静けさだ。誰かが床にボールペンを落とした音が、室内に響く。山岡は平静を装ったつもりだが、指先が細かく震えているのを、握り拳でカモフラージュしている自分に、さらなる緊張感を抱いている。
会議室の扉が開いた。
「ごッご・・・ご苦労さまじゃ!」
山岡は、ひっくり返りそうな声で、扉に向かって挨拶する。
ところが、入ってきたのはハチゲンではなかった。若い衆が頭をかきながら、申し訳なさそうな顔で、ゆっくりと室内に入って来て、室内全体を窺ってから、ハチゲンに入室するよう合図した。
さすがに用意周到なことだ、この世界のこと、行先に何が待ち受けてるのかわからない。若い衆は露払い役を務めたのだ。
「どがいな?調子じゃ!」
「順調に仕上がっとります!」
「そりゃ!よかった!エレベーターを降りたところにゃあ、若い衆を張り付けるけぇ・・・当日にゃあ、ヨソモンを入れんように見張らすようにするけぇ・・・」
「ありがとうございます!」山岡は、ボスにバカ丁寧にお礼を言った。
「ちいと!寂しいな~!」ハチゲンは、会議室で動かす予定の現ナマが、少ないから、当日はもう少し増やそうと言うのだ。
「500ほどでええか?」「・・・」無言で固まってしまう山岡。
「どっちみち、迎え水じゃ!見せ金じゃ!1000ほど用意させよう!」ハチゲンは、山岡の表情の変化を素早く読み取って、傍にいる若い衆の一人に、上目でそれを指示した。
「ほいじゃあ、仕上がり具合を観してもらおうか?」ハチゲンは、勧められたパイプ椅子に腰かけて、低い小さな声で言った。
「アタマから通しでやってみよう!」山岡は、スタンバっている団員たちの位置を確認し終わって、両手でパチン!と、スタートの合図を出した。
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