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【連載小説】母娘愛 (8)

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「福田さん!なんて言ってた?」裕子は一番の関心事を問う。
「ええ感じの人じゃったって・・・」母・恵子は嬉しそうに応える。
「そう?確かに彼も優しくっていいんだけど・・・結婚ってなると・・・」
「歳も歳じゃし、贅沢ばかリ言うとれんのよ・・・」年齢に拘る母。
「でも、経済的には心配ないようだけど、・・・」裕子は、スマホを右手から左手に持ち替えながら、耳を欹てて母の次の押しの言葉を待っていた。
 佐伯裕子は、紛糾しながらも、新企画に頭の固い役員連中の承諾を得てほっとした。香織の「とりあえず、祝杯でも・・・」という誘いを、コロナだからと断ったのも、福田さんとのことを、こうして広島の母と話したかったからだ。
 大事な御前会議だというのに、熱の入った香織のプレゼンも上の空で、時折り、昨夜の福田の甘い吐息交じりの言葉が、耳元に蘇る裕子だった。会議中、自分の不謹慎さを断ち切るのに苦労していた。それから、解きほぐされたかと思って帰宅したら、今度は母の呪縛に身動きがとれなくなってきた。
「その経済的に安定しとるというのが一番じゃない・・・」
「でもね~」

「でもね~ってなにが・・・」決意の固い母に、言い淀む裕子。「苦労すると思うの・・・」裕子は、母には言えない昨夜の福田との房事がバックボーンにあり、「女性問題に苦労しそうなのよ・・・」という言葉にして、スマホにぶつけるように言った。女性にルーズで、浮気だの、不倫だの、離婚だの・・・母には刺激すぎる言葉を避けたつもりが、「なに!言うとるん!そんなん平気よ!男はそれぐらいがええんじゃと・・・」
「でも・・・」「デモもストライキもないよ」母は、スマホを抱えて、自分の言った、古臭いギャグに大声で笑っている。
「ゆうちゃんさえOKなら・・・結婚式はこの秋にでも・・・って?もちろん住む家も決まっとるし・・・マコトの仕事の関係で、東京にも家を構えるって・・・」母は畳みかけるように言う。
「ちょっと!待ってよ!わたしも仕事が忙しくなるので・・・今年の秋なんか無理!無理よ!第一気持ちの整理がついていないんだから・・・まだ」裕子は暴走する母の言葉の意味を、吟味する余裕もなく、とにかくブレーキをかけるのに躍起になる。
「結婚なんて勢いでやるもんじやけェ・・・」若くして、離婚して苦労した母から、まさか聞くこともないと思っていた言葉に裕子は、目を丸くさせスマホを落としかけた。
「来年以降にして・・・」と言う裕子の言葉を遮って、「福田さんが乗り気じゃけェ・・・ゆうちゃんともウマが合いそうじゃけェって、早う!結婚しょうって言うてくれんさってんじゃけェ・・・」

「・・・」ウイスキーグラスの氷が溶け、グラスの鈍い音が、広いリビングに拡がるのを聴きながら、無理やり通した企画と結婚の両立に、思いを馳せる裕子だった。


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