【連載小説】母娘愛 (13)
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千々に乱れる裕子。打ちのめされ心身は座席に吸い込まれそうに衰弱しきった裕子。列車は、お構いなしに終着駅博多を目指して快走する。福田誠を母、恵子から自分に奪還するべく勢いだけで、のぞみに飛び乗った裕子だったが、やり場のない思いに潰れそうな悲しみに浸るしかなかった。
車窓に展開していた田園風景が、突然視界から消える。長いトンネルのようだ。覗き込んだ車窓に映る、アラフォー女の憔悴しきた上半分の顔。その上に、今しがた追いかけたマコトの後姿が重なる。悲しい幻覚がそこにはあった。裕子はマスク姿であることに安堵しながら、小声で車窓の自分に話しかける。「騙されていたんだよね・・・マコトに・・・わたしって・・・」
人は混乱から脱するために、一番認めたくないことを、真正面から認めることが、解決への近道であること。それは、家庭環境に恵まれなかった裕子が、自分だけで辿り着けた、大切な生き方のひとつだ。そして、運命の残酷な辛酸を舐める自分の誤った選択を激しく呪いもした。
長いトンネルを抜けると、新神戸だった。
三連休を利用した家族連れが、旅行姿で乗り込んで来る。幼い女の子が先を急いで、自分たちの指定席を見つけ、両親を手招きしている。裕子はそんな、なんでもない風景にも、母親への憎悪を蘇らせる。
母と娘の触れ合いの記憶を弄るまでもなかった。数えるほどもない記憶は色褪せて心の襞に埋もれてしまっている。ときに、思い出すのは、罵詈雑言での言い合いの日々ばかりだった。
ここで、東京へ引き返そうかとも思う裕子だったが、気を取り直し、あと一時間で到着する広島をめざすことにする。
新幹線のぞみ79号 は、ほぼ定刻に広島駅に着いた。降り立った駅前は、裕子の記憶に残る広島界隈ではなかった。それは、それなりに裕子の、望郷の念を断ち切るのに好都合でもあった。駅前のコーヒショップで、軽い朝食をすませ、タクシーで実家に向かう。その車窓からは、見たくもない風景が襲い掛かって来るばかりだった。
あの郵便局の曲がり角の先。児童公園の水飲み場。桜並木のまっすぐな道。そして、古ぼけた小学校のグランド。タクシードライバーは、バックミラー越しに裕子の暗い顔を覗き込み、怪訝な顔つきである。「そこの坂の下で停めて」裕子は、あえて実家の手前でタクシーを降りた。
マスクのズレを正し、急こう配の坂をゆっくりと、実家をめざして登り始める裕子。母、恵子は、はたして、スンナリと玄関を開けてくれるのだろうか。まず初めに頭に去来した躊躇を、母娘の確執を清算する決意で払拭するのだった。
随分老けているが、多分お隣の池田さんの奥さんだろう。裕子に軽く会釈したようだ。裕子は極まりの悪く感じる自分に嫌悪感を持ちながら、前かがみですれ違う。池田さんは、いまでも「放送局」なのだろうか。だとすると、今日中に、裕子の帰省がご近所に知れ渡ることだろう。面白く、そして可笑しく吹聴されるだろう。
躊躇する裕子にお構いなしに、実家の前に到着してしまった。
人差し指で、丁寧にインターフォンを押す裕子。応答がない。多分、母はモニター越しに、裕子を確認しているだろうに。裕子は、大きく深呼吸をひとつして、もう一度インターフォンを押した。
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