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お酒に、人の“鎧”を剥がす力があるのだとしたら。


以前、知人とオンラインで飲んだ時「そういえば酔い潰れたぼーの(仮)を見たことないね。見たいんだけどなあ〜」と言われました。たしか2〜3ヶ月前に話した内容で、きっとこの言葉の主は発言を憶えてないと思いますが、ヤケに僕の心に残っています。

どちらかと言うと、僕は「飲んでも変わらない」タイプの人間です。平常時のテンションが高くないこともあり、自分でも客観的な変化はほとんどないと思っています。もちろん主観的に身体的な変化は感じますが、そこをセーブしながらお酒の場を楽しみたいタイプ。何なら、淡々としっぽり端っこの席で、お酒の力を互いの“内側”に向けながら、深めの話をしたいのです。

冒頭の酔い潰れる僕を求める方は、そんな僕を壊し、新たな僕を見たいと言ってくれました。いわば、僕のアイデンティティを崩壊させようとしていたのです。


正直よく分からん感覚でした。しかし最近、ふと共感できました。僕に「お酒を飲まない人は寂しい」という感覚が芽生えたからです。

たとえば気になる女の子がいたとしても、その方が飲まないタイプの人だったら。ひょっとしたら優しさで「全然いいよ居酒屋いこうよ」と行ってくれるかもしれませんが、僕だけ飲むのは寂しい気がします。お酒の味を共有できないことはもちろん、自分だけが酔っ払っていくのが、なんだか虚しい。お酒に人の“鎧”を剥がす力があるのだとしたら、自分の身だけ軽くなっていくのが…まあアンフェアとまでは言わないけれど、なるたけフェアでありたいと思うのでしょう。

きっと冒頭の方も、こういった感覚なのではないかと思ったのです。自分だけ酔っていくのに、ぼーの(仮)は酔わないのかよって。なぜか今朝、改札を潜った時に。ほんとに、なぜか。


今後、僕が酔い潰れられるかはさておき、今回パッケージに包めたこの感覚を、心にしまっておくことにします。そしてなるべく、いっしょにお酒を楽しめる女の子を気になろうとも思います。


いつもいつもありがとうございます〜。