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コスモナウト 第八章 無意味の星

自分が旅をはじめ約4年、距離にして2万光年の宙域にエデン、地球はあった。
その星は全体が青に包まれ、一つの大地を構える、簡単に言うと妙な惑星であった。
波止場は変わったことに地上ではなく、空の中に漂う巨大な船にあった。
ビーコンを出してくれることから、文明は持ち合わせているようで、その分苦労はしなかった。
波止場に着くと、まず思ったのは空気が薄いということだった。それもそのはずで、成層圏にあるからだった。そのため気温も極寒に近かった。
この船には半円のドームがあり、その中で人々は居住しているようで、その中であれば暖もとれ、十分な酸素があるらしい。
船賃はさほど高くはなく、以外と資金は残ったのでいくらか良い宿とれそうであった。
ドームの中は賑わっていた。原理は不明だが、この巨大な船の中には水があるようで川が流れていた。その川沿いには沢山の白色の家が並び、それぞれが幾何学的な形であった。
なるほど、どうやらこの船の中、という資質からも雨が降らない、そのためしっかりとした屋根を作る必要がないからから、ここまで奇抜な街並みなのかもしれない、と一人納得した。
街の中を歩く。そこは所々、市場が開かれていた。当然人の数も思ったより多かった。
「コスモナウトの方?」
一人の男が街の外れに辿りつくと声をかけて来た。その白い装束が似合う彫の深い男であった。
「ええ。アポロンと言います」
「そうですか。私はゼウスと言います。私もコスモナウトなんですよ」
そう彼はへりくだって言った。
「へえ、そうなんですか。たしかこの星は」
「そうです。ほとんどあなたと同じコスモナウトです。この星はそういった様々なところから集まってできた場所なんですよ」
彼はそう言うと、一杯飲まないか、と誘いをしてきた。最近はここにコスモナウトが来ることも少なくなっているようで、久しぶりに宇宙のことを聞きたいらしかった。
酒場はおおいに賑わっていた。それぞれのテーブルに男女がおり、皆楽しそうに話している。素直に良い場所だと思った。
「となると、あなたは随分と遠くから参られたんですね」
「まあ、そうなります」
「はあ、私もかなり遠くから来たんですよ。ええとテストル、って言って分かりますかね」
「ああ、名前だけなら」
「そうですか。あ、アテナさん」
彼は声をかけた。一人の給仕である女性がその呼びかけに応じた。
「いかがしました?」
「ええと、この人はアポロンさん。今日ここに来たんだって。何かお出ししてくれないかな」
かしこまりました、と彼女は言うと一つの微笑みを述べてから部屋へと戻っていった。
「そうだ。一つ我々で面白い事をしようと考えているんですよ」
「お、気になるなあ」
「そうでしょう。いや、この星は変った星でね。まあ、コスモナウトが集まっている時点で変なんですけど、地上には人類がいるらしんですよ」
「人類、まあそれはいるでしょう」
「いえいえ、そうではなくて。私達は誰一人地上には降りていません。もっと原子的な人類が地上にはいる、って言うんです」
奇妙な話だと感じた。それをどのように解釈すればよいのか分からない。しかし、ゼウスと名乗る男の顔はいたずらする少年のように輝いていた。
「いや、私達としても、ずっとこの大きな船の中にいるわけにも行きませんからね。それで面白いことをしようと考えているわけです」
「それで、その面白いこととは」
「これです」
彼は懐から一つの機械を持ち出した。その形状はリンゴに近いものであった。
「なんですか、これは」
「これは投影機の一種なようなものです。この中には彼等でも理解できるように一つの映像が流れる仕組みになっているんですよ」
彼はそう言うと近くの壁にそのリンゴ状の機械を向けた。スイッチを押すと壁をスクリーンにして映像が流れる。
それは稲作などの農作物の作り方を示したものであった。他にも前時代的な文字や火の適切なつくりかたなどが写し出されている。
「これを2人のコスモナウトだった人に渡して、啓蒙させようと考えているんですよ」
どうやら、彼の言いたい事というのはこの船にいる2人の人間にこの機会を持たせ、その知識を地上にいる人類に対して教えようとしているらしかった。そうする事によって地上の文明を発展させ、自分達が居住できるような世界の構築をしようと考えているらしい。
「そこで、私達は誰にその行為をさせるか考えているところ何ですよ」
「なるほど、面白そうだけど自分からやりたい、って人はいなそうだなぁ」
「問題はそこなんですよ」
彼は一つ唸ると、酒を飲んだ。
「アポロンさんならどうします?」
「ううむ、どうだろう。ここから下りたとしたら、もう一度戻ってこれるかによると思うけどなあ」
「まあ、この高さですからね。何か建造物を作らないと不可能であると思いますけど」
「そうか、なら僕なら犯罪者にでもやらせますかね。一つの流刑のように」
ああ、と彼は感心したように再び頷いた。
「なるほど、なるほど」
「まあ、結論からしてこの計画は難しいとおもうけどなあ。なにしろ、たくさんの星々に人々が住み着いて、もう大分時間が経つけど、優れた文明であったり、高度なものを持っていた星は少数だったよ。それに、そういった星々が生まれるのにもかなり時間がかかるからなあ」
「けど、面白いじゃないですか。なにしろこの星を開拓しているという気分が味わえますから」
彼は最後にはじけるように笑顔を浮かべた。
そこで彼とは別れることにした。特に話すこともなかったし。自分の目で少なからずこのエデンというコスモナウトの聖地を見ておきたかったからだ。
街に出ると、すでに日は落ちかけていた。

夕闇の世界を一人歩く。時折、目ぼしい商店の看板が目についたが、入ることを躊躇した。
ただ、何も考えず街を歩くとは良いものだ、という持論があったのだが月が真上に来ると、そろそろ宿を決めなければ、という焦りがでてきた。
そうこうして、街の中心部に再び戻った時、一人の女に声をかけられた。
美しく化粧をした女だった。どうやら、客引きの類であるらしいのだが、他のそれとは違う、危険な香りがした。
「お兄さん、ここ安いですよ」
特に断る理由もなく、無下に断るもの面白味が無かったので彼女の危険な雰囲気は知りつつも後をついていった。
実際のところ、こういった人から教わる宿は存外悪いところではなく、安いのにも関わらず、備えが良いという穴場的なものが見つかることも多い。
彼女は暗がりの一つの宿に立ち止まった。その時、背後から嫌な空気を感じ取った。
振り向く、そこには刃物があった。ギン、と金属のぶつかる音がする。
男がいた。その男は刃物を全力で振りかざしてきたのだ。しかし、その切っ先は体に触れることはなかった。というのも、自分の右手、機械の義手でその一撃を防いだからだ。
「こ、こいつ」
男は叫ぶ。自分に格闘技の心得などなかったので、その刃を受け流すことで精いっぱいだった。なるほど、追いはぎか、その類だろう。
となると。
案の定、女も男に加勢した。女は懐から同じように刃物を取り出す。
暗がりに連れ込んだのは、人混みから遠ざけるためであり、自分の無警戒な興味が災いに転じだようだった。
「はやく、金目のものをだしな」
女は鋭く、小さな声で恐喝する。
今まで、追いはぎには何度もあってきた。しかし、幾度も掻い潜って来たのだが、今回はどうもピンチかもしれない。
「金目のもの? 僕は旅人だぞ」
「知っている。だがな、ここに来たものは少なからずお金は持っているのさ。いいから寄越しな。命だけならとらん」
「はあ」
だらしない返事だった。さて、どうするか。ここでお金を取られてしまったら旅を続けることはできない。しかし、下手を打って命を投げ出す無様なことは御免だった。
じりり、と相手の足が近寄る。それに合わせるように自分も半歩さがる。
形勢は不利だった。こうして、さらに人の目が無い場所に追いつめられている。
「はやくしろ」
男の低い声が響く。
自分はどうするべきか。戦う、のか。いや、それも無意味だろう。どうする。
そんな時、一つの悲鳴が上がった。どうやら街の片隅にいる一人の女性がこの事態に遭遇してしまったらしい。
「ち、この」
男はその叫んだ女に近寄る。そこに隙ができた。
相手の懐に全力で飛び込む。そこに機械の腕を重心めがけて振りかざした。
鈍い音が響く。
「ああ」
男はその叫んだ女性の手前で前のめりになり倒れ込んだ。相棒の女はその姿を見せ、怒りに身をまかせたのか自分に向かい刃を向ける。
その一撃をよけるまで自分は反射神経は良くはなかった。その刃が腹をかすり、生暖かい血が出てきた。
女はまさか当たるとは思っていなかったようで、自分が片膝を立て息を荒げているのを見て、すこし虚を突かれていた。
そこに増援が駆け付けた。多数の男が流れ込んでいる。
「く、くそ」
倒れた男はそのまま、皆に押しつぶされるように取り押さえられた。女は、その刃を無造作に振るい相手を近寄らせまいと懸命になったが、最後には追いつめられ、石に躓いたところを捕縛された。
「大丈夫ですか?」
一人の男が近寄る。
「ええ、問題ありません。すこし掠っただけです」
しかし、その痛みは大きかった。相手が捕まった安心感から意識がわずかながら離れかけるのだった。その後の事はあまり覚えていなかった。誰かの手により自分は歩かされている。蜃気楼のように薄らぎながらも、はっきりと自分の意識を保ち続けることができるのは、気付いていないところで自分は旅の中で成長しているのかもしれなかった。
誰かがベッドに自分の体を下ろす、ようやく自分の体が安定することによって掴んでいた自分の意識はようやく消えていった。
次の日、目が覚めると様子を見に来たゼウスがいた。彼は何かを話しているようだった。
「あ、アポロンさん気付かれましたか」
「ええ。まあ」
体を起こすと体に電撃が走った。どうやら掠る、といっても肉は裂かれていたようで激痛が走る。
「まあまあ無理をなさらずに寝ていてください」
「すいません。誰かがここに運んでくれたことは覚えているのですが、そうだ。彼ら、追いはぎの連中はどうなりましたか」
「はいはい。彼らですね。アダムとイブっていうこの街では比較的有名な窃盗団の連中なんですよ彼等は。まあ、今まで保安隊の連中は捕まえることができなかったのですが、アポロンさんのおかげでようやく捕まえることができましたよ」
そうですか、と呟く。
「いやあ、彼らの処分を決めるのに難渋しました。死刑、にするまでの犯罪はしていませんからね。それでね、昨日、あなたが言ったこと覚えています?」
「何のことだろう」
「ほら、あの映写機を渡して地上の人類に啓蒙させるっていう話ですよ。アポロンさんは犯罪者が適任だと仰ったじゃないですか」
なるほど、どうやら昨日襲ってきた連中は捕縛された後、地上に下ろされることになったようだ。実際のところ彼等に対して恨みはもっていなかった。アダムとイブ、と名乗る追いはぎのような生活に苦しむ人々を、様々な星で見て来た。そういった人々は仕方がなく、外部的な要因でそのような行為に臨むことが多いからだ。
「そうですか、まあ仕方がないんでしょうね」
「ええ。けど、助かりました。これで私達の計画が行えるんですから」
ゼウスは楽しそうに微笑んだ。彼等は地上に落とされる。一つ林檎をもってこのエデンから追い出されたのだ。
窓を見ると、昨日見た白の家屋が見える。
正直な話、このコスモナウトの聖地である地球という惑星の出来事は今まで訪れた星の中でも運が悪かっただ。それに、刺激もなかった。
ゼウスが言った実験というものが、どうなるのかも分からないが、自分で提案した手前で変な話ではあるが悪趣味な行為だと思った。

一応寄ってはみた星であったが、自分を揺さぶる大きなことは、腹を少し痛めた程度であった。

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