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コスモナウト 第六章 戦争の星

この星は、文明の過渡期に直面していた。
物資は増えすぎた人口に対応できず、またその労働者も日ごとに目減りする給料に自分の仕事の無意味さ、そして家族を養うことができない無力さにその顔を険しくさせた。
同時期に複数の街が、同じ状況になり、それぞれの首長は打開策として戦争という強行手段を取る以外に選択はないようであった。
この星に存在する主要都市それぞれが戦争状態になったと、偶然訪れたステーションで放映されていた。
ステーションというのは宇宙を行き来する商人や、旅人、渡航者などのために解放されている一つの中継所的な役割がある。そこでは危険な星の情報を映像器を通して発信している。
自分はなぜだか分からないがこの戦争をしているこの星の映像を見た時に名状しがたい好奇心にすでにとらわれていたのだった。
星の一部の地域は、木々が刈り取られ裸の地表を宇宙からも伺うことができた。大気圏を越え、降下する中で時折起こる閃光は地上に近づくにつれ確認することができたのだった。
自分は何故、この星に来てしまったのか、それは分からない。ただ、その状況というものを傍観したかったのかもしれない。
一つ目の街に辿り着いた時には、宇宙船のある船着場から十キロ離れていたこともあり夕暮れが迫るころ合いであった。
街の門は強固で、丸石の岩を積み重ねた壁に街は取り囲まれており、その隙間からは大砲が枝のように生えているのだった。
入口を探すことは、そこまで難しくなかった。その街の商人が出入りする門が目先にあったからだ。
「待て。貴様は何者だ」
一人の兵士が言う。傭兵なのか、身なりは安い服装だ。上半身は裸だ。その槍を自分の方へ向け、敵を見るかのように険しい剣幕である。
「僕はコスモナウトです」
「なんだそれは。敵街のスパイだろう。最近、パパイの街の棟梁がスパイによって殺されたという。あまり見ない格好だ、お前もその類だろう」
「ええと、違います。僕は旅人です。宇宙から来たのです」
彼は不思議そうな顔をした。宇宙から来た、これは流石に理解はしていた。ならば何が気になるのか、答えは簡単で、何故旅人がこの戦争状態にある星にわざわざ来たのか、ということであろう。
その若い兵士は長考した。このまま捕えるのが得策なのか、それとも街の中に入れるのか、彼はその権限を有しているようで、問題があれば彼の責任になってしまう。さて、彼はどうするのだろうか。
「よし、わかった」
彼が自分なりの解答を出そうとした時、後ろから喧騒とも聞こえる、笛の音や太鼓の音が聞えて来たのだった。
音の主は身なりを見る限り旅芸人の一座であるらしかった。
馬車をひき、その上には一人の少女が美しく装飾された笛を操っていた。
「む、これはこれは旅の一座の方ですか」
兵士は、自分ではなく彼らに視線を移した。
「やあ、門番さま」
一人の男、というのは正しいのかは分からない。あきらかに女装をした男が兵士に声をかけた。
「どうも、街に入れてくれますかな」
「ええと、少し待ってください。今旅人、と名乗る男が先にいましてね」
彼はそうして自分に再び注意を向けた。
「あ、彼なら私達の芸人一座の一人ですよ。先にこの街に行くよう指示していまして」
「ははあ、そうでしたか。なんだ。宇宙から来たなど紛らわしいことをいうなよ」
その女装した男の方を見る。彼は片目をパチリと閉じ、ウインクした。どうも、事態は救われたようで頭を下げる。
「門を開け」
兵士の怒号が響き、鈍い音を立てて門は開いた。
「へえ、アポロンさん。コスモナウトっていうと、宇宙人の方でしたか」
座長を務める、ソドムの計らいで街に入ることができた。そのまま、「宇宙から来た」という文言が、彼らの興味を引いたようでそのままの足で、酒場に連れていかれた。
「ええ。まあ、旅をするただの風来坊ですよ」
「そうですか。しかし変な御人ですね。戦争している星に来るなど」
彼は赤い口紅をぬりながら言った。
周りの客のほとんどが、この旅芸人の一座であるらしく、満員だった。この街にはほとんど酒はないようで、自から持ち込んだ酒を飲んでいるようだった。
「しかし、ありがとうございました。おかげで街に入ることができましたよ」
「いいえ。この辺の者ではないことは見た目で分かりましたからね」
身に着けた、白のローブは確かに、この街で、そのような服を着ている者はいなかった。
だからこそ、旅芸人の一人と言われても納得することができたのかもしれない。
「ねえねえ。宇宙人なんだってね。どんなところなの?宇宙って」
一人の少女が尋ねる。
「こら、キミマ」
ソドムはその少女の頭をポカリと優しく殴ると、彼女は頬を膨らませた。
「いや、構いませんよ。宇宙、か。そうだね。ひどく寂しいところさ」
「寂しい?」
「ああ。なにしろ物がないんだ。宇宙には何もないんだよ。一つの原子にすら、何十年、何百年出会わないこともある。それにとっても危ないところさ」
そう言って、隠していた醜くなった右手をみせる。すると彼女は、その目をさらに輝かせた。
「かっこいい。私もそれ欲しいな。その腕ならもっといい仕事ができるのに」
彼女は言った。
「いや、困らせてしまって申し訳ありませんね。こら、キミマ向こうに行きなさい」
彼女は再び怒られて、機嫌を損なったらしく、壁の近くにある同年代の人が集ま
る机の方へ駆けていった。
「いや、すいませんね。キミマも片腕を無くしているんですよ」
「え。そうなんですか。見た目では分かりませんでしたよ」
「ああ。まあ、恥ずかしいことですが、腕を浮かす、というのも一つの芸目で」
「そうなんですか」
彼はうなずくと酒を一息に飲み哺した。
「まあ、いけないことですよね。不幸で銭を稼ぐというのは。それにあんな若い子供を使うなど、ね。けど仕方がありません。私達にしかできない仕事がありますから」
「それは。そうかもしれませんね」
「キミマは、この街と戦争している、ササという街の片隅に捨てられていました。どうやら流れ弾で腕をやられていたようで、邪魔だったのでしょう。それで虫の息で寝そべっていたところを保護しました」
「となると、もしかして」
「ええ。その通りです。この一座は皆戦争で被害にあい、その中で集まった人たちです。戦争で家族を亡くしたもの、人を殺すのを辞めたもの、そういった様々な街で出会ったはぐれ者の集まりですよ。皆戦争に恨みを持つ人達です」
彼は、二コリと笑う。
「私もね、一時は有名だったんですよ。それは芸人としてではなく、一人の戦争人としてね。疾風のソドムとして、黒馬を駆る武人としてね。けれどいつからか何故人を殺さなければならなにのか考えるようになりましてね」
彼は続ける。
「旅芸人になったのはその頃ですね。なぜだか分かりません。気付くと街を抜け出していた。ほんと可笑しな話ですよね」
彼は遠く、遥か昔の自分に言っているようであった。
「おかしくはありませんよ。戦争がいけないんです」
「戦争ねえ。きっとそうですね。戦争がいけないんですよね。戦争はなくさなければいけません。どんな手をつかってもね」
彼は再び大きな声で笑いだす。
「どうです。アポロンさん。明日街の広場で講演をするのですが見に来てはいかがです」
彼の誘いを断る理由などなかったので了承した。
「そうですか。それは良かった。きっと面白いですよ。特に明日は」
彼はそう言い再びウインクをした。

次の日、ソドムに教えてもらった広場に行った。日は空高くに上り、その激しい光は石畳を宝石のように光らせていた。
遠征帰りの兵士たちが沢山広場を訪れていた。この街でなかなかの地位を築いているであろう小太りの男が日陰で休んでいた。
公演を見に来た人達はやがて大きな群集となった。もともと、人混みは苦手であったし、この群れの中を入っていくのは骨が折れるので、遠くにある階段に腰を下ろすことにした。
近くには老人がいるだけで、少し小高いところでもあるので、涼しい風が通り抜ける。
そしてソドムの公演が始まった。
「兵士の方々、お疲れ様です。淑女の方々、日差しにお気をつけてくださいね。さてさて皆さま、お集まりいただき光栄でございます。本日はソドム一座の公演にお集まりいただき誠にありがとうございます」
ソドム、だろうか。長い髪に赤の口紅をした男が皆に挨拶をする。それぞれはその容姿に笑い、一同はさらに注目をした。
「では、皆さま。たのしいショーの始まりでございます」
彼が頭を下げる。拍手の波が押し寄せる。はじめに出て来たのは、二人の男であった。
双子だろうか、体格も顔もそっくりだった。
2人はその檀上で直線状に並ぶと、ナイフを取り出した。そしてもう一人は体を大きく広げ、背後に木の板を設置した。そして、次々に投げつける。その体をす
り抜けるようにナイフは木の板に軽快な音を立てて刺さるのだった。
皆はこの、簡単な演目でさえ、拍手喝さいだった。
その後も次々と芸人が出てくる。火を噴く者。動物と会話する者。それぞれの演目は盛り上がり、皆、賛辞を贈られたのだった。そうして、一人の少女が檀上に上がった。
先日に、いたキミマと呼ばれた少女だった。
彼女はその両手を観客に向ける。皆は何が起きるのだろうか、とざわつき始めた。
「皆様、右手をよおく見ていてくださいね」
彼女はそう言うと、左手で右腕を叩き始める。すると、その腕がポトリと、音を立てて落ちた。皆は、一瞬何が起きたのか分からず、悲鳴にも似た歓声を静寂のあとに上げたのだった。
するとその腕が浮かびあがる。紐で吊るされているのだろう、と容易に予想できたが皆はその飛び回る右手を眺め、再び拍手をした。
その時、何かが光った。偶然、彼女の方へ視線を戻していたので、彼女の失われた右手に何か光るものが見えたのだ。
「銃、だ」
銃、その文明が残っていても不思議ではなかった。なにしろこの街に大砲も残っていた。その銃が彼女の腕から覗いていた。しかし、なぜ彼女がそれを装着しているのか。その疑問はすぐさま分かることになった。
乾いた音が街に響いた。皆はその音に驚く。すると浮かび上がった右手ははじけた。
皆はそれが銃声ではなく、浮かびあがった腕が爆発したのだと、思い歓声を上げた。しかし、あきらかにその隠された銃は全く違う場所へ向いていた。その先には何があるのか
その弾道を予測する。すると、その銃口は先ほど見かけた身分が高いと思われた、太りぎみのこの街の権威人に向けられていたことに気が付いた。
その男はそのまま項垂れていた。あきらかに絶命しているようであった。腹部を赤く染め力なく椅子に横たわっている。
狙撃したのだ。キミマという少女が行ったのだ。
ようやく、その事態に気が付いた護衛の兵士たちは叫び声を上げた。
周りの観客もその悲鳴を聞き、視線をよこす。すると再び悲鳴が上がり、波紋のように驚きと恐怖が伝わり、広場はパニック状態になった。
檀上に既に人はいなかった。なるほど、そういう事だったのか。自分で一人納得をする。
皆の注目かいくぐりながら、ソドムが逃げる姿を確認することができた。きっと街の中でも彼を見つけることができたのは自分だけであろう。なにしろ観客はみな、その死体にくぎ付けだからだ。
階段を駆け上る。正直な話、彼を追いかける必要はない。しかし、だがしかし自分は走り出していた。
門の近くに彼らはいた。分散して彼らは逃げていたようで、次第に散り散りになった一座があつまっていく。門兵も広場の騒ぎに駆り出されたようで、警戒はゼロと言っても良かった。
皆に逃げるよう指示するソドムに近づく。
「なぜなんだ」
自分の声に彼は気が付いた。一座は自分の方を向く。
「こいつ」
双子の男はナイフを取り出した。
「待て」
ソドムが制す。
「あの暗殺はキミマがやったものだろう」
「ああ。そうですとも」
「なぜだ。君は戦争が嫌になって、芸人をやっているのだと思っていたのだが」
彼は笑いだす。高らかに。その顔は明らかに、芸人のものでは無かった。それは武人そのものであった。
「戦争が嫌だと、そんなの嫌に決まっているでしょう」
「おい、ソドム。早くしないと逃げ遅れるぞ」
「分かっている」
ソドムは近寄る”芸人だった”男に言う。
「アポロンさん。あなたには分からないでしょう。この戦争がどれだけ悲惨なものなのか、この愚かな戦いを終わらせるためには笑いなど意味ないんですよ。殺し合いでしか、殺し合いは終わらないんだ」
「だからといって、あんな小さい子供に」
「彼女は自ら志願しているんです。自分がやると。彼女はこの街に家族を殺され、右手を失わされたんですよ。皆もそうです。それぞれの街で、それぞれ傷を負った。これは、キミマのやったことは、戦争に対する戦争なんです」
「分からない」
「当り前でしょう。あなたはこの星の人ではないんですから。戦争、長い長い戦争。このままでは皆が地獄を見ます。それを阻止しなければならないんですよ」
「それはそうだけど、僕はただの傍観者に過ぎないのかもしれないけれど」
何かがおかしい、そう言おうとした。しかし、自分にその文言を述べる資格はあるのだろうか。
無自覚に、ただの興味本位でこの星に来た自分が彼らに対して意見を言う資格などあるのだろうか。答えは「ない」だろう。彼らは、それぞれが傷を負った。それに対して自分は傷を負わずに、相手の気持ちを理解したつもりで意見など言える訳わけがない。
戦争、そのものを味わったことがない自分は、果たして戦争をしている人に何を言えるのだろう。ただのスペクタクルとして傍観する人、その傍観人の意見など、とうに彼らは考えつき、考慮し、そして意味もないものだと捨てたはずなのだ。だからこそ、自分は何も言えない。言わない。それが正しいのかも、間違っているのかも分からずに。

「そんな行為、悲しいだけじゃないですか」
思案した結果、出た言葉はそれだった。ただの嘆き、それも無意味なものだ。しかし、最後のこの星への、戦争に対する意見だった。
「悲しい? 知っていますよ。あなたよりもずっとね」
「おい、ソドム」
一人の男が声を上げた。その男が示す先、そこには追いかけてくる兵士たちがいた。
「まずい」
ソドムは皆に馬車を走らせるよう指示した。彼もまた荷物をまとめ走り去る。しかし、そのスピードでは兵士たちから逃げ切るのは難しそうだった。
「はあ。アポロンさん。あなたって人は。端から見てるだけでいいものを。てっきり真の宇宙人だと思っていたから、あなたを街に入れてあげたのに」
彼はあざけるように最後に言った。一座に合流するためソドムは走っていった。
兵士たちは眼前に迫っていた。このままでは逃げることが不可能だ、そうソドムは感じたのかもしれない。彼らは自分を通り過ぎる。何十人の兵士たちは弓を放った。その何本かは馬に刺さり馬車は横転する。
荷物はそのまま崩れ落ち、馬も苦しそうな悲鳴を上げる。そして兵士たちは彼らに対して突撃し、覆いかぶさっていく。
応戦する双子は、さすがに数には勝てず、槍で一突きされた。
キミマは既に矢の餌食になり、その小さな体は横たわり、血みどろの沼を作っていた。
これは、この状況は自分がもたらしたものだ。自分が彼らを追わなければ、ソドム達は逃げおおせただろう。しかし自分はただの傍観人に過ぎないのにも関わらず、ひきとめてしまった。彼らが逃げることができたのなら、戦争に対する戦争を続けることができた。もしかしたらその戦争に勝つことができたかもしれない。
戦いはもはや蹂躙となった。数の差が違い過ぎた一方的なものだった。ソドムは死んでしまったと思う。彼の姿は見えなかった。
一人の兵士が声をかけて来た。
「ありがとう。君が時間稼ぎしてくれたおかげ、捕まえることができた」
「はあ」
何故、自分が一座ではない、と考えたのかは分からない。彼はにこやかな笑顔を送る。
「デルファイ提督を殺しやがって。こいつらはきっとナイノンの街のやつらだろう。また戦争だ。皆殺しにしてやる。家族ともども引き裂いてやる」
彼は笑う。横たわる死体達に兵士たちは唾を吐きかけ、その身ぐるみを剥いでいる。
そして兵士は雄叫びを上げ帰還していった。その懐にはソドム達から剥ぎ取った貴金属がつけられており、その反射する光がチカチカと視界に入ってくる。
なるほど。どうやら、この星では勝ち取った貴金属で、戦いによる報酬が支払われるらしい。彼らの生活について簡単にノートに記していく。興味はソドム達から兵士へと移った。

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