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コスモナウト 第五章 暗闇の星

気が付くと、自分はベッドにいた。

その理由は簡単で、不幸にもワームホールに侵入しようとした時に海賊に襲われたからである。
不味い、と思った時にはすでに後方にあるベクターノズルは相手の射撃により破損し、航行は不可能となった。しかし、このまま撃墜することは、向こうにとって折角の獲物が台無しになってしまう。だからこそ海賊は後ろをぴったりと張り付き、まるでハゲタカのように自分が降伏するのを待っていたのだった。
しかし、偶然にも一つのデブリが海賊船の側面へ衝突し、爆散した。その衝撃は大きく自分の宇宙船も飛ばされ、約一週間宇宙を漂った。
意識が朦朧とする中、気がつくとこの惑星に流れ着いていた。星に大気はなく、宇宙船が着地の衝撃で大破した以外に自分の命はなんとか無事だったらしい。
これもまた運が大きく作用しているのかもしれない。

きっと、今こうして地表に広がるクレーターと宇宙の黒々とした光景を見ることができるのは、そういった理由があるからだろう。
自分の腕には包帯が巻かれていた。
ベッドから何とか起き上がると、腹の虫の音が聞こえた。
どうやら誰かが救助してくれたらしい。ここは真空に耐えられるよう様々な気圧保護装置がごろりと壁の近くにある以外は普通の小さな家であった。
ベッドから降りようとしたが、ここの重力をいまいち把握していなかったのでその場で滑り落ち、床にバタリと倒れてしまった。
その時、包帯を巻かれた手で思わず体を支えたのだが痛みなどはなかったのだった。
何故だろうと、その包帯をはがそうとしたとき扉が開いた。
「あ!ちょっと」
そこに現れたのは一人の女性だった。未だ幼さが残り、青い瞳は驚きを隠せていなかった。ただ、彼女で一つ気になることと言えば、その身長がかなり大きいという事だった。
自分も木偶の坊と揶揄されるぐらいには身長は高いのだが、彼女も自分と並ぶくらいには大きかった。
「まだ、起き上がっては駄目です」
彼女は自分を抱き起こし、ベッドに寝かしつける。
「すまない。ええと助けてくれたのは君なのかな?」
「いいえ。私の父です。父はこの星で唯一の医者で」
唯一、その言葉に引っかかったのだが、それはこの星の大きさを考えれば分かることだった。窓から見える地平線はすぐ近くにあり、この星はただの衛星か、もしくはそれより小さな星であることが分かったからだ。
「そうか。ありがとう、命拾いした」
「命拾いなんてものじゃないですよ。1週間も目覚めなかったんですよ」
「そんなにか」
彼女は「そうですよ」と呆れたように言うと、食事を運んできた。それは所謂バイオ食物と呼ばれるパウチに入ったものだった。
「ねえ、君。ええと」
「あ、私はソラと言います」
「ええと、ならソラ。この星は人類が来てどのくらいなんだい?」
彼女は長い黒髪をなでながら少し考える。
「そうですね。私が2世目ですから、40年くらいでしょうか」
その話でようやく理解することができた。この星、と呼べるかわからない場所に人々が住み着いてから数十年しかたっていないのならば、まだこの技術レベルを持っているのは納得だった。人々は惑星に移住し世代が経つにつれ、少なからずの文明回帰が行われるのだ。
「そうか。となると宇宙船もあるのかな」
「ええ。ありますよ。売り出されているものがあるかは分かりませんが、ってもしかしてアポロンさん。駄目ですよまだ動いちゃ」
彼女が制す。
「待ってくれ。宇宙船があることは分ったのだが、何で僕の名前を知っているのかな」
「ああ、それは」
彼女の視線の先に、自分のパスポートが机の上にあった。もともと、パスポー
トなどなくとも渡航はできるのだが、こういう世代が新しい世代や、文明が最興隆している星では、有効になることがあるため念のため懐に忍ばせておいたのだった。
「すみません。見る気はなかったんですが」
「いや、いいんだ」
しばしの静寂。自分が食事をする金属のぶつかる音が響く。利き手である右手が使えないというのは随分と苦労する。
「あ、あの」
彼女はきり詰めた表情で話しかける。
「どうしたんだい?」
尋ねると、彼女は口をぱくぱくとさせ、一つため息をつくと、彼女はゆっくりと話始めた。
「ええと、アポロンさんは何をしている人なんですか?」
「ああ、その質問か。僕はコスモナウトをしているんだ。コスモナウトって分かるかな」
「勿論です。宇宙を旅する人ですよね。どちらから来たんですか?」
「多分知らないと思うけど、カタナルという辺鄙な惑星から旅を始めたんだ。座標は、130の250」
その言葉を聞くと彼女は、目を大きく見開きとても驚いていた。
「そんなに遠くからですか、ここから多分2千光年はありますよ」
「そうなるね。そうかあ。随分と遠くに来たんだなあ」
彼女の言葉に自分自身も驚いた。いくつかの星を周り、それ転々としていく内に、随分遠くまで来たと、素直に思った。
「そうですか。目的地、とかはあるんですか?」
彼女は好奇心にあふれた目でこちらを見つめる。そのきれいな瞳は、昔出会った草原の星にいたカナリにそっくりだった。
「目的地ねえ。あまり考えたことはないけどエデンには行こうかなと思っているよ」
「エデン、ああ。確か地球ですよね」
「うん。まあ、意味はないけどね。実際通り過ぎてもいいんだけど一応、旅するからにはいかなきゃかなって」
エデンという星はコスモナウトにとっては一つの目的地になることが多いと聞く。時折、出会ったコスモナウトの大半はここが最後の場所としているものが多かった。
「そうですか。じゃあ、まだまだ旅は続くんですね」
「うん」
「でも、でもですよ。あのう。宇宙船もありませんし、荷物もほとんどが駄目になっていますけど」
「そうなのか。残念だ。じゃあ、それらを売っているの場所ってあるかい?」
彼女は溜め息を付くと「ありますけど」と小さく呟くのだった。
その後、会話は少なくなり彼女は部屋を出ていった。時間感覚は分からないのだが、時計を見ると11時を示していた。今が果たして夜なのかわからない。大気がないと、空模様という概念がないので仕方がないのだが。
やることもなく、ただベッドの上で今後どうするか考えていると、寝てしまっているのだった。
次の日、激痛と共に目覚めた。その痛みの在処はすぐさま分かった。この包帯の腕からだ。時計をみると時針は8を示しており、すくなからず9時間ほど眠っていたようだった。
痛みはとどまることを知らず、歯を食いしばりひたすら我慢していると、ソラと
名乗る少女とその父らしき人物が現れたのだった。
「アポロンさん」
ソラは駆け寄る。
「大丈夫だ。痛みがあるだけだから」
彼女達は自分の言葉に応えることはせず、ちくりと自分の腕に注射したのだった。するとすぐさま痛みは引いた。
「おい、ソラ。この方に腕のことは」
その白髪混じった男は彼女に言う。ソラは首を横に振った。
「腕がどうかしたんですか?」
「ああ。早く言えばよかった。ソラに君のことは任せていて、目覚めた時に言ったと思ってたのだが」
「ごめんなさい。あなたの宇宙への話を聞いていたら言えなくて」
「もしかして」
ふとよぎる不安。
「ああ、君の腕は切らせてもらった。仕方がなかった。今は義手をつけさせてもらっている」
予感は当たった。自分の利き手は失われていたのだ。だからこそ、感覚はなかったのだろう。今も動けと念じても答えない。たしかに大きな出来事であり、悲しかったが、自然と落ち着いているのが不思議であった。
「本当にごめんなさい」
「いや、いいんだ。運がよかった」
自分の言葉に2人は驚いていた。
「運が良い?悪いじゃなくて?」
「ええ。命はあるんです。運が良かったでしょう」
「そう、ともとらえられるのか」
ソラの父らしき人物は青い瞳をちかちかとさせた。
「ええと、私はソラの父、オラクと言う。この辺で医者をやっているんだ。何かあったら娘に聞くといい」
そういうと彼は、部屋を出ていった。
「ごめんなさい。父があなたの治療をしたのよ。発見された時、腕は船に潰されていてね。こうするしかなかったの。父もそのことを悔やんでいたわ」
「いや、本当に大丈夫だ。腕の一本くらい」
「そう」
どうやら、この家はソラと父であるオラク2人で住んでいるらしい。母は数年前に亡くなったそうだ。
「腕は機械義手をつけた、と父は言いました。きっと物を掴むことはできますが、神経を完全につなぐことは出来なかったので感触は分からないだろう、と。ただ慣れれば日常の動きはできると」
そういう彼女はまるで自分の事ようにかなしそうだった。
「その程度ならば、問題ない。むしろ幸運だよ」
「また幸運ですか」
彼女はつぶやく。
「だってそうだろう。もし、文明がない星に辿り着いたとしたら、今頃僕は失血死だよ。それよか、この宇宙空間で永遠に彷徨ってたかもしれないんだ。けど、実際今は生きている。幸運だよ」
「そうですかね。逆にもっと文明が残ってたり、発達した星ならば、腕は元通り残ってたのかもしれませんよ。それなら不幸であると言えませんか」
「まあ、そうかもしれないけど、もしそうだったら超幸運なんだろうね。だから、今は”幸運”さ。不運とか不幸とは思わないよ」
彼女は、笑った。その形容が面白いとは思わなかったが、彼女が楽しそうにしているのでよしとした。
「とりあえず、リハビリをしましょう」
「いや、待ってくれ。僕はお金がないんだ」
「いいえ。大丈夫ですよ。あなたが文無しなのは分かっていますから。それに父も昔コスモナウトなんです。だから、料金は取らないですよ」
そうなのか、と呟く。
「そうです。しばらく私と一緒です。リハビリのほかに身の回りの世話もしますからよろしくお願いしますね」
彼女は優しく微笑んだ。
それから二週間ほど、彼女と過ごすことになった。毎日決まった時間に彼女は訪れた。
随分とおかしくなった時間感覚は、彼女の起きる時間、寝る時間に合わさるようになり、暗闇の宇宙を眺めていると、その星の見える位置や、恒星の位置で大方の時間が分かるようになった。
彼女はいつもその包帯の腕を優しく見つめ、その義手の使い方を優しく教えてくれるのだった。
腕が思い通りに動くころになると包帯は外された。それは、アンドロイドと言われても仕方がないと思うほど機械の性質を滲み出させたものだった。
少なからず、その腕を見たとき驚いた。あの血脈が通う右腕は本当に失われてしまったのだと、いうわずかながらの悲しみもあった。
しかし、慣れというのは怖いものでリハビリが進むにつれ、その腕はまるではじめから自分自身のものではないか、と錯覚するほどであった。その腕は自分の思い通りに動くようになり、小さな物であれば卒なく手に取ることもできるようになった。
「いい感じになりましたね」
ソラは言う。
「そうだね。これなら、日常生活も問題はなさそうだ」
「ええ。本当に良かった。けど、どうしますか。その肌を再現することもできますけど」
彼女の提案、というのはこの機械の腕に、人の肌に似せたカバーをつけるか、というものだった。実際のところ、この義手は雨や水などで寂びることはないタングステンで作られているのものであったので、必要ないと思った。
「まあ、これ以上好意をあずかるわけには行かないよ。遠慮する。この腕でも旅は続けることはできるからね」
「え」
彼女は驚いた。その彼女の青い瞳はその感情を顕著に表していた。何か変なことを言った。つもりはないのだが。
「まだ旅を続けるのですか?」
彼女はどういう意図で自分にその質問をしたのか分からない。自分としてはてっきり旅を今後も続けると決めていた。けれども彼女は違った捉え方をしているのかもしれない。
少しの静寂の後、彼女は再び口を開いた。
「ええと、その腕はあくまで簡素なものです。旅といいますと今後も様々な環境のところへ行くことになりますから、動かなくなってしまうかもしれません」
「ああ。そうかもしれないね。けど、そうなった時はそうなった時だよ」
「そうですか。すいません。少しはずします」
彼女はそう言うと、部屋を出る。彼女が翻した黒い髪の合間から、涙のような水滴がこぼれたのが見えた。
「あ、あの」
自分の言葉は出ていく彼女には届くことはなかった。
その扉を出ていく時、すれ違いになるようにオラクが現れた。
オラクはその彼女の姿を見たせいか、部屋に入るとき、ひどく狼狽していた。
「アポロンさん、あなたソラに何かしたんですか」
彼は娘に、いかがわしいことでも仕掛けたのではと詰め寄るように尋ねた。
「い、いえ。何も僕はしていません。旅を続けると言ったら彼女が出ていってしまったもので」
「ああ」
彼は、納得したようにベッドの近くにある椅子に腰を掛けた。
「ソラは君に特別な感情を抱いているのかもしれないな」
「まさか」と自嘲すると、彼はいいや、と首を振った。
「本当だ。なにしろ、彼女は君が来た時、といってもアポロンさんの意識はなかったのだがソラはずっと君のことを看病していたんだ。その目はまるで、お伽話の王子様が来たと思っているように慈愛の目をしていたのを覚えている」
「は、はあ」
なんとも情けない返事だが、そうするしかなかった。彼はソラの父であり、嘘を言うことはないと思った。
「実は、というと私もコスモナウトだったのだ」
「ああ、それはソラさんからも聞きました」
「そうか、君と同じように旅を続けていたんだ。今から二十年前ほどになるかな。私も旅を続ける最中、事故にあってね。宇宙船がこの星に墜落したのだ。君ほど重症は追わなかったが、命の危険はあってね。それを助けてくれたのが私の元妻であり、ソラの母だ」
彼の話はしばらく続いた。若き、オラクは最終的にその看病してくれた女性と結婚した。そのケガも快調へと向かい、ほとんど後遺症はなかったという。
「きっとソラは、その私達の出会いと同じように君が来たことを運命と感じたのかもしれないな。妻と同じこと言っていたよ。幸運が降ってきた、と」
「なるほど。ですが......」
彼はまるで、その次の言葉は分かっている、というようにしきりに頷いた。
「ああ。分かっているさ。君は旅を続けるんだろう。彼女も気付いていたはずさ。しかし、信じたくなかったのだろう。紺碧の別れなど、誰も信じたくはないさ。それが愛する人ならば当然ね」
彼はまるで、自分の昔を振り返るように言った。そして続ける。
「私は結論から言って、コスモナウトを辞めた人間だ。だからこそ、君の気持ちに歩みよることはできるが理解はできない。私はあの時、宇宙船を失い、命の危険を感じたあの時、もう旅はできないと思ったのだ。こうも運が悪いならば、近いうち私の命は本当に失われると思ってな」
「しかし」彼は遠く、はるか広がる地平を眺め言う。
「君は違ったようだ。腕を失い、宇宙船もない事態の中、君は運が良いと言ったんだ。その時確信したよ。私は、この星にいるべき存在で間違えてなかった、とね。君は本当に宇宙人なのだろう」
ええ、と小さく呟くと、彼はその白い歯を見せた。
「どうだい。アポロンさん。ソラ、と結婚してくれないか」
その提案は思いがけないものだった。なにしろ、自分は旅を続けることを述べたはずであったし、彼もその意向を理解してくれたと思ったからだった。
「いや、僕よりもっと良い人がいると思います。それに、僕は未だ旅を続けなきゃいけませんから」
「そうか? 私は君なら良いと思ったのだがね」
「ありがたいですけど」
そうか、と彼は楽しそうに呟く。
「まあ、娘は未だ誰にもやる気はないのだがね」
そう言って彼は再び笑った。

次の日、ソラは再び訪れた。ベテルギウスが地平に見えるころ、この星であれば未だ朝早い時分であった。
「アポロンさん」
彼女は思いつめたように現れた。
「やあ、ソラ。今日でリハビリも終わり、だよね」
「ええ。そうですね」
彼女はいつものように時分の隣に座った。
「明日、この近くにある人口惑星への渡航バスが来るそうです。そちらに行けば、この星にある物よりもっと良い宇宙船が手に入るかもしれません」
思わず、「本当かい」と大声を出してしまう。
「ええ。昔、父と懇意にしていた人なので比較的安価で譲ってくれると思います」
「そうか、それはうれしいな」
手持ちが無いことは、ないのだがこれを言うわけには行かないだろう。何とかして働くでもして稼げばよい。
「それでですね。今日で最後ですよね」
「そう、だね」
彼女は、その言葉を聞くと、その大きな瞳を濡らした。
「仕方がないですよね。私、あなたの事が好きになってしまったんですよ。だから、本当は何処にも行かないで欲しいです。あなたと出会った時、私は何て幸運なのだろうって。けど、実際は別れが来るなら、とんでもない不幸だったのかもしれませんね」
彼女はその顔をみせないよう、その涙が落ちないよう我慢しているようであった。
「僕にとって、この星は幸運ばかりだったよ。なにしろ君たちと会えたし、特別なこの腕も手に入ったからね」
生まれ変わった右腕をみせる。
「そうですか。あのう。これをどうぞ」
彼女は小袋を差し伸べた。中身を開けると数十枚の金貨、銀貨が入っていた。
「これは」
「これはあなたのものです。少し残ってたんです。嘘をついたんです、私は。本
当は宇宙船の中に残っていたんです。ごめんなさい私......」
彼女は、資金さえなければもう旅に出ることなどないと考えたのだろう。しかし、私はちがった。資金は実際にどうにかなると思ったし、たとえ自分の全てが失われたとしても旅は続けるつもりであった。
「そうか。ありがとう。けど、これ、少し多い気がするんだけど」
「ええ。私のお金を入れてありますから」
「そんな、無理だよ。受け取れない。なにしろこの治療代も払ってないんだ。受け取れるわけないよ」
「ええ。そうですよね。でもこれは貸しているんです。宇宙船を買うのに必要でしょう。それに治療代はいずれ貰います」
「いずれ?」
ええ、と彼女は恥ずかしそうに笑った。
「旅が終わったら払いに来てください。貸したお金も返してください。これは、このお金はそんな私の我がままです」
彼女は、そう言いながら自分の腕に触れた。感触はない。
「あなたは本当に運がいいですね。お金ももらえて、私にも好かれて」
彼女は悪戯をするように微笑む。
「うん、運だけにね」
「洒落ですか、止めてくださいよ」
2人の笑い声が真空の世界にも響くようだった。


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