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大石 亘太/ダムの見える牧場

法人名/農園名:ダムの見える牧場
農園所在地:島根県仁多郡奥出雲町
就農年数:10年
生産品目:放牧酪農による牛乳。シュークリームなどのスイーツ開発
HP:https://s-orochi.org/ushi/
Facebook:ダムの見える牧場

no.230

牛の放牧によって作られる草原の風景に魅せられて・・・

■プロフィール

 島根県松江市の公務員家庭で生まれ育つ。小さな頃から動物好きで広島大学生物生産学部に進学。在学中に隠岐(おき)諸島を旅行した際に、牛が道路に寝ている放牧風景に感動。卒業後は山口県の畜産振興協会に就職。

 2012年、生乳の自然な風味を生かすために日本で初めてパスチャライズ(低温殺菌)牛乳を販売した木次(きつき)乳業が行った放牧酪農家の募集に合格。

 Uターン・Iターンして一次産業に従事する人を対象とした助成制度「UIターン島根産業体験事業」や国の「就農準備資金・経営開始資金(農業次世代人材投資資金)」を活用して、奥出雲町に移住。2年の研修を経て、2014年に「ダムの見える牧場」をスタート。

 2017年、奥出雲町や雲南市の同志と任意団体で運営する「森と畑と牛と」の代表幹事に就任。在来作物や草木の採集、高齢者への伝統料理の聞き取り調査など、自然資源と食を結びつけた活動を展開している。

 また、島根大学の「焼畑研究会」を受け入れて竹林の焼畑に取り組むほか、「酪農教育ファーム」として地域の子供を年間400人規模で受け入れている。

 尾原ダム周辺で開催されるイベントでは、牛乳を使ったバター作りや牛との触れ合い体験なども行なっている

■農業を職業にした理由

〜放牧の景色に魅せられて
 動物に関わる仕事をしたいと、広島大学の生物生産学部に進学し、1年生のときに、隠岐(おき)諸島の知夫里(ちぶり)島に行き、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のような景色が広がっているのに感動。その風景を作っているのが牛馬の放牧が関係していることを知る。

 放牧した牛馬が雑草を食べると、丈の短い草が増えて藪が消えるうえ、牛馬の糞が肥やしとなるので、年月を経ると植生が安定して草原ができるのだ。このときの驚きがきっかけで牛の放牧に興味を持つになり、放牧の研究をするグループに参加するようになる。

〜放牧への思いが叶い、畜産業に
 さまざまな畜産農家との関わりができ、その生活を知るうちに、放牧している畜産農家は生活の質(QOL)が高いことにも気づいた。将来は牛飼いになりたいと思いが募り、一時は和牛農家に居候してアルバイトをしながら農作業を手伝っていたが、その生活は続かず、卒業後は山口県の畜産振興協会に就職。

 牛の血統証明書の発行や経営コンサルティング、教育ファーム活動などに携わる。3年ほど働いた頃、故郷・島根の木次乳業が放牧酪農家を募集しているのを知る。

 いずれは自主独立を志す人を支援するという内容に惹かれて応募した結果、関連牧場に就職。2年にわたって研修を受けながら、独立のための準備も続けた。開業予定地は2012年に完成した尾原ダムのほとりにある残土処分場で、同僚に手伝ってもらって自分たちで整地したり、放牧場を取り囲む柵を立てながら、2014年に「ダムの見える牧場」をオープンした。

 当初は、廃業する農家から牛を全頭買いとって放牧を始めたが、いずれも牛舎内でつながれて飼育されていた牛ばかりだったので、ストレスがあったり、放牧特有のダニの病気などが原因で何頭も死亡させてしまうという困難もあった。

 病気については投薬で乗り切りながら、放牧場に出るかどうかは牛の自主性に任せたり、放牧に強いブラウンスイス種を導入するなど、さまざまな試行錯誤を繰り返した結果、若い牛から順番に慣れて、次第に病気にも強くなり、第2世代以降は飼育頭数が安定するようになった。

〜人が集まる牧場に
 現在は、面積が"東京ドーム5個分"に相当する24.5ヘクタールの牧場でホルスタイン38頭とブラウンスイス10頭を放牧。牛舎は基本的に開け放し、牛が自由に出入りできる。一般道から見える場所で、あえて牛を見せるようにしているので、通勤・通学の行き帰りにわざわざ寄り道をして牛のいる風景を見ていく人も多い。

 また、同志や任意団体が運営するグループ「森と畑と牛と」の代表を務めたり、島根大学の「焼畑研究会」の学生が出入りするなど、開かれた牧場運営で地域の活性化にも一役買っている。

 「酪農教育ファーム」にも認定され、地域の学校の子供たちの受け入れや体験授業などにも協力している。地域に理解されるにあたって、臭いのない綺麗な牧場を目指そうと、作業導線は悪くなっても、牛糞を堆肥化させるための施設を離れた場所に作るなど、衛生環境に配慮して「地域に愛される牧場、人が集まる牧場」を実践している。

■農業の魅力とは

 「放牧すると、人が寄ってくる」と言われています。僕もそう思います。

 牛は風景を作る動物で、自然の営みから生まれる景色は美しい。

 畜産・酪農農家は、広い土地があっていろいろな重機や道具も持っているので、他の力を借りずに自分だけで業務をまかなうことができます。

 それはひとつの魅力でもありますが、僕はあえてそうせずに、地域や人々に解放しています。すると、いろいろな人が集まってくれる牧場になりました。

 島根大学の焼畑研究会の学生たちは、開墾していない荒廃した竹林を切り倒して、火を入れて雑穀などを栽培することで、植物群が成長する様子を観察するという活動を自主的にやってくれています。誰も強制したわけではないし、僕自身は何もしてないけれど、それもまた魅力だと思います。

 すでに1人、「牛飼いになりたい」と希望して働いていた従業員が巣立って、今はメガファームに転職しています。その子が卒業した後に新しく入社した子は、島根大学の焼畑研究会の卒業生です。観光協会に掛け合って有料イベントを企画したり、教育ファームとしての体裁を整えるために自ら動いてくれる若者で、とても助かっているんです。

 飼料代の高騰が問題になっています。僕も市販の餌はやっていますがが、放牧の場合、つなぎ飼いに比べたら、飼料代を2〜3割ほどカットできますから、ダメージを押さえて、経営を安定させられるメリットもあるんです。

 放牧はでっかく金を稼げるスタイルではありませんが、地域社会に愛される牧場として得るものはたくさんあります。動物の生き死にがパッケージになっているので、普段の暮らしではあまり感じることがない生命をダイレクトに感じることができます。

 また、放牧している牛は、生の牧草を食べるし、運動しているので足腰は丈夫になりますが、1頭あたりの牛乳生産量や乳脂肪分はどうしても少なくなります。でもそう言うことも理解してくれたうえで、放牧酪農を応援してくれる木次乳業には感謝の気持ちでいっぱいです。

 牛乳を使ったソフトクリームやシュークリームなどの商品開発を通じて、たくさんの人が集まり、地域活性化につながる牧場にすることが僕ができる恩返しです。

■今後の展望

 開業してから今まで、まだ手を入れてない土地があります。大きな道路からすぐ入れる便利な場所で、近くには芝生公園も保養施設もあり、さらにはダムも放牧地も見えるという絶好の立地。6次産業化を目指し、そこに店舗を建てて、ソフトクリームやシュークリームなどの加工品の販売をやりたいと考えています。

 宿泊や温泉など地域の観光施設と連携することで、地元の活性化にもつながります。助成金による補助事業として、事業計画を作って申請しているので、採択されたら、2024年にも着手したい。

 妻が製菓学校を出ていて、製菓衛生士の免許も取得しているので、お菓子類の開発は妻が担当する計画です。ダムが見える牧場が直営するとなると、ロケーションも魅力ですから、「牛とダムを見ながら食べられる」として付加価値になるでしょう。実はこれまでにもお客さんから「ソフトクリームないんですか?」って聞かれたことがあるんです(笑)。

 実現すれば、調理や販売スタッフも増やせますし、それが地域に雇用を生みます。美しい牧場の風景をたくさんの人が楽しみ、それが地域の発展の一助になれば嬉しいです。(記:沼田実季)

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