留学中に知った「学際的」という概念

中高一貫校を退職した私は、留学後も教員になるつもりでいたので、中高生を対象にした学問を学びたいと思っていました。英語科教授法やTESOLにはイマイチ惹かれなかったので、生徒指導的な分野を学べる院を探しました。これが実はかなり選択肢を狭めました。というのも、中高生に焦点を当てるとどうしても教科教育が主になるからです。生徒指導的な分野は幼児教育・小学校が多かったように思います。「教育学」「教育史」だと広すぎるし、帰国した時に日本の学校教育に還元できるか、というのも疑問でした。また、中高生で探すと「青少年の非行防止」を研究する分野もあったのですが、これも少し違うなぁ、と色々悩んだ挙句、最終的にサセックス大学のMA in Childhood and Youth Studies (コースの頭文字をとってMACYsと言っていました) というコースに決定しました。

学際的の実現のために毎回違う先生が授業へ

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これが、MACYsの柱となる考えです。

学際とは、研究が異なる学問分野にまたがることを意味します。

これまで教育学、教育心理学、教育社会学など、各分野から研究されてきた「教育」は、本来多角的な視点でとらえられるべき

という理念のもと、MACYsはサセックス大学教育分野の教授たちが共同で立ち上げたコースで、学生にも様々な分野から自分の研究テーマを分析することを意識させていました。

例えば、子どもが授業に集中できない、教師と良い関係を築けない、などの問題があった時、学校での様子だけに焦点を当てるのではなく、その子どもが育ってきた家庭環境、経済状況、友人関係、地域の地理的・文化的背景、学校教育に対する地域住民の期待など、子どもを取り巻く環境を広くとらえ、その関り・バランスの中で問題の根本的な解決を目指す、というものです。

多角的な視点で問題を捉える準備として、1学期の授業では複数の教授が授業を担当していました。1回目の教授の専門は文化人類学、2回目は教育心理学、3回目はソーシャルワーク・・・という感じです。他にもゲストスピーカーを外部から招待し、授業をする、ということもありました。

さらに、留学生の多いクラスだったので、ディスカッションも毎回とても刺激的でした。当時のクラスメイトは15人ほどで、イギリス人は3人、その他はヨーロッパ、中東、アジア各国からの留学生という構成でした。授業中は「私の国では~」と各生徒が自分の国の状況に照らし合わせて発言をするので、複数の専門分野の授業に加え、生徒の出身国の習慣、教育に対する考え方なども知ることができました。育ってきた環境が違うので、同じ授業を受けても、着眼点が異なります。子どもは保護の対象か、責任をもった個人か、刑罰を受ける年齢は、LGBTについて・・・

今後必要な人材

様々な分野にまたがって物事を捉える、という学際的思考能力は今後特に必要とされる力ではないでしょうか。

AIに仕事を取られる、今ある仕事の殆どは今後なくなっていく、と言われるようになって久しいですが、この変化に対応するために必要な能力が「学際的な思考能力」ではないでしょうか。膨大なデータ処理など、AIの方が人間よりも正確に素早く対処できる仕事があるのは事実です。しかし、分野同士の新たなつながりの模索や、技術発展によって新たに生じる問題への対応・整備は人間しかできないことです。

こういったAIが出来ないことをするためには専門分野だけでなく、複数の分野から多角的に問題を捉えられる人材が必要です。例えば、医療現場で機械の誤作動から医療ミスが生じた。これによって生じた被害は、誰の責任か。機械を開発した技術者か、提供した会社か、購入した病院か、点検を行わなかった医師の責任か。被害者の精神的なケアはだれがするのか。様々な事案が絡む問題で、一番効果があり、建設的な解決策を導き出すためには、学際的な考え方が必要です。

コロナの対応も

この「学際的」という概念は、昨今のコロナ対応にも非常に重要な意味を持つかと思います。民法メディアでは毎日感染者数ばかりが報道されています。未知の感染力が高いウイルスなので、感染者に注目が集まるのは当然ですが、学際的にこの問題を捉えようとすると、また違った見方が出来るかもしれません。

例えば、日本は欧米に比べ、感染源である中国に距離的にとても近い位置にありますが、初期の感染者数の増加は緩やかでした。その理由として、日本人は清潔で手をよく洗う習慣があるから、なども言われていましたが、それが事実かどうかは「公衆衛生学」「文化人類学」「社会人類学」「環境倫理学」などの観点から考えることも出来ます。

また、緊急事態宣言が発令されて多くの企業・学校が在宅勤務や休校の措置を取っていますが、その効果検証には「統計学」「環境感染学」「物理学」などが考えられます。

Youtube上では、個人の研究者やジャーナリストがそれぞれの見解を発表していますが、ぜひ民法でさまざまな専門家の意見をもう少しまとめて、発表してほしい・・・と個人的には思います。

ダ・ヴィンチ的な知識の吸収

学際的に考え研究をする、というのは新しい考えかと思っていましたが、よく考えればダ・ヴィンチ的な学びです。ダ・ヴィンチは画家でありながら、彫刻家、医学者、舞台監督、建築家、物理学者でもありました。絵を描くために人体・解剖学を学び、光と影について学ぶために物理学を学びました。

ちなみに現代では、

I型人材:一つの専門分野を深く掘り下げるスペシャリスト

一型人材:様々な分野に精通しているゼネラリスト

T型人材:一つの専門分野をもちながら、その他の分野についても広い知識を持っている人

と言うそうです。

現代の日本の教育は子ども達が将来必要になる力をつけさせることができているのでしょうか。自分を含めた今の大人はどんな力をつけてきたのでしょうか。教師時代の自分は、生徒たちに必要な力をつけさせてあげられたか。教師をやめた今、何が出来るのか、自問自答の日々です。

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